更新日:2025年08月22日 16:39
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「俺の人生ってもっと楽しいはずでは?」成功体験を積むたび心が不感症になっていく――小説『まだおじさんじゃない』【第一章・第四話】/鳥トマト

 いつの間に若者ではなくなったのだろう。39歳、年齢的にはおじさんである。でも「おじさん」と呼ばれることに抵抗感を覚えるのはなぜだろう――。出版社で漫画編集者として働く若林は仕事後、馴染みのバーで担当作家・ヒルビリー真中の「前の担当」を騙る男に遭遇。彼とマスターの会話に耳を傾けながら、自らの入社当時を思い返す。 「最初はいつだってワクワクしたものだった。これから一生、このうっすらとした倦怠感と既視感を抱えたままやっていくのか」――。『東京最低最悪最高!』が話題の人気漫画家・鳥トマトが自称“ベテランの若者”の心の惑いを描く。

第一章(若林信二編)・第四話「人生マラソン二周目男」

 入稿作業を終え、二十三時に高円寺駅に着くと、いつも通りの人けのないロータリーに生ぬるい風が吹いていた。駅前では大学生なのかフリーターなのかわからない人間がギターを片手に、風を集めきれないはっぴいえんどみたいな中途半端な歌を歌っていた。家に帰っても、彼女の歩はもういないことを思い出す。だめだ。まっすぐ家に帰る気が起きない。  俺は家と反対の方向にある、バーに寄ってから帰ることにした。 「あ、若林さん。久しぶり」  マスターは俺の名前を覚えてくれている。大した頻度ではないが、月に一回でも十年通えば当然に覚えられる。 「手早く酔えるやつ、お願いします」  薄暗いバーでカウンター越しに注文すると、マスターが黙々と酒を作り始めた。 「実は、俺、出版社に勤めてんだよね」 「え〜すご〜い」  バーの一番奥のカウンター席からどうでもいい会話が聞こえる。最悪だ。同業者がいるのだろうか。知り合いだったらどうしよう。この疲れているときに、あまり知り合いに顔を見られたくない。できれば話も聞きたくないが、耳に入ってきてしまうんだから仕方がない。バーの中は妙に静かで、人の話す声のほかは、マスターが氷を割る音しか聞こえない。
漫画家でありながら、歌ったり踊ったり、また小説家としても活動する奇才。現在、『二月に殺して桜に埋める』『私たちには風呂がある!』を連載中。その他の著書に『東京最低最悪最高!』『アッコちゃんは世界一』などがある。Xアカウント:@tori_the_tomato