更新日:2025年09月22日 16:48
ライフ

「僕は“家庭”という組織の歯車になったんだ」素敵なパパを演じ、本音に蓋をする――小説『まだおじさんじゃない』【第二章・第一話】/鳥トマト

 結婚してからの僕は、まるで「完璧な家庭」という演劇の役者になったかのようだ――。アニメプロデューサーとして働く堅山賢一、39歳。家族で大阪・関西万博を訪れた休日、子供のわがままを受け流し、無理やり笑顔を作る。 「今年三十九歳の僕は、名実ともに、もう立派なおじさんなのだから」――。『東京最低最悪最高!』が話題の人気漫画家・鳥トマトが“大人にならなければ”と自らを戒める中年の心の惑いを描く。

第二章(堅山賢一編)・第一話「いのち、かがやかない」

 大阪・関西万博会場で、僕は朦朧としながら、子供が振り回す、目がいっぱいついた原色の化け物のぬいぐるみを眺めていた。  妻たっての希望で、万博にやってきたはいいものの、会場内でパビリオンの予約が全く取れず、僕たち家族は、存在理由がわからない石の屋根の休憩所や、予約なしで誰でも入れる中央ホールでの岐阜県民ショーなどをひとしきり見た後、大屋根リングの芝生の上にレジャーシートを敷いて、これからの行方について途方に暮れていた。  土曜日なのにスマホには仕事のメールも来続ける。僕は編集部の若林という男から来たメールに返信をする。 「若林様 お世話になっております。ヒルビリー真中先生が委員会に出資されたいというご意向がある旨、承知いたしました。私の方から委員会メンバーに確認させていただきますので回答は今しばらくお待ちいただけますと幸いです。先生にもよろしくお伝えくださいませ。竪山賢一」 「パパ! 聞いてる?」  子供が目玉の化け物のぬいぐるみで僕の頭を叩きながら話しかけてくる。 「ごめん、なんて言った?」 「そろそろパビリオン、行こうよ」  今年五歳になる息子、健吾は大屋根リングの上で走り回っていた。妻の優が、走り回る子供についていけなくなり、息を切らしている。 「パビリオン、予約取れた?」  優が真剣な顔で聞いてくる。優は何にでも真剣な女だった。万博旅行なんて、ただの週末レジャーなんだから、晴れているうちはここでコンビニで買ったおにぎりでも食べて一日中のんびりしたっていいんじゃないかな、と僕は思っていたが、妻としてはそんな怠惰な休日は許し難いようだ。 「ごめん、取れなかった」  実際のところ、僕はスマホでパビリオンの予約を試みていたのではなく、仕事のメールに返信していたわけだが、そんなことがバレたら優がとても傷ついた顔をすることは間違いないので、僕はできるだけ神妙な面持ちで、パビリオンの予約が取れなかったことを謝罪する。 「どうしよう。せっかく来たのに、これじゃどこのパビリオンにも入れないよ」  優は一生懸命『大阪・関西万博 公式ガイドブック』と睨めっこをしながら、行き先を探している。ガイドブックには、優が事前に予習と称してつけた付箋や、書き込みがびっしりとあった。なんて真面目なんだろう、と僕は辟易する。そこまで、きっちり決めなくていいのに。
漫画家でありながら、歌ったり踊ったり、また小説家としても活動する奇才。現在、『二月に殺して桜に埋める』『私たちには風呂がある!』を連載中。その他の著書に『東京最低最悪最高!』『アッコちゃんは世界一』などがある。Xアカウント:@tori_the_tomato