更新日:2025年10月28日 18:03
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「残りの人生には何の楽しいことも残っていない」結婚し、仕事と育児と家事を繰り返すだけの日々に嫌気がさす――小説『まだおじさんじゃない』【第二章・第二話】/鳥トマト

 結婚してからの僕は、まるで「完璧な家庭」という演劇の役者になったかのようだ――。アニメプロデューサーとして働く堅山賢一、39歳。子供を保育園に送り届け、会社へと向かう道中、同じことを繰り返すだけの日々にもどかしさを感じていた。 「このまま頑張り続ければ、いわゆる“勝ち組”と言われる人生を送るだろうけれど」――。『東京最低最悪最高!』が話題の人気漫画家・鳥トマトが“大人にならなければ”と自らを戒める中年の心の惑いを描く。

第二章(堅山賢一編)・第二話「人生ゲーム上がり男」

「今日は僕のお迎えでいいんだっけ」  慌ただしく玄関に向かう妻の優を追いかけながら、話しかける。 「そう! 賢一君、いつもありがとね。じゃあ、健吾の保育園のお見送りとお迎え、あと帰りに公文、お願いね!」  優がそう言って、玄関から出ていく。僕は「竪山」と書かれた保育園の送迎用のカードを受け取る。送迎カードは妻が用意した綺麗な革製のカードケースに入れられていた。僕はにっこり笑って優を送り出す。  子供がいる家庭の朝は慌ただしい。自分の身支度だけでなく、子供に身支度をさせて保育園に連れて行くというミッションがある。僕は毎日のこのルーティンをすごろくゲームみたいにこなしている。今朝も、妻に笑顔で応対することができた。一マス進む。  ダイニングに戻ると、妻が食卓に用意してくれているパンと目玉焼きがあった。子供にこれを、食べさせなくてはいけない。寝室に子供を起こしに行くと、もうベッドにいなかった。健吾は自分でトイレに行き、優が用意してくれていた服に着替えていた。 「パパ、遅いよ」  健吾は率先してダイニングチェアに座り、優が用意したパンを食べ始める。よかった。今朝は健吾の機嫌がいい。一マス進む。  健吾は我が子ながら、しっかりしていると思う。息子は、妻の丁寧な教育の成果もあり、パンくずを落とさないように一人で綺麗に朝食を食べることができる。 「パパ、テレビ変えて。僕、『おかあさんといっしょ』観たら、行くから」  テレビのリモコンで、バラエティ系のニュースをEテレに切り替える。芸能人の不倫報道が消えて、大きな着ぐるみたちが楽しそうな音楽に合わせて踊り出した。健吾がそれを熱心に観ている。
漫画家でありながら、歌ったり踊ったり、また小説家としても活動する奇才。現在、『二月に殺して桜に埋める』『私たちには風呂がある!』を連載中。その他の著書に『東京最低最悪最高!』『アッコちゃんは世界一』などがある。Xアカウント:@tori_the_tomato