更新日:2025年10月28日 18:03
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「僕は使い捨ての道具のように扱われる“傭兵”だ」会社での日々にドス黒い感情が湧き上がる――小説『まだおじさんじゃない』【第二章・第三話】/鳥トマト

 結婚してからの僕は、まるで「完璧な家庭」という演劇の役者になったかのようだ――。アニメプロデューサーとして働く堅山賢一、39歳。自身がアニメ化を担当する『私の理解あるカレ君』の第一回製作委員会に出席し、同い年のマンガ編集者・若林、中途入社の後輩・山野、バツイチの部長・猿渡と顔を合わせる。 「僕も五十歳になったときに、部長のような力を維持できているだろうか」――。『東京最低最悪最高!』が話題の人気漫画家・鳥トマトが“大人にならなければ”と自らを戒める中年の心の惑いを描く。

第二章(堅山賢一編)・第三話「貴族、傭兵、猿」

 漫画のアニメ化が決定すると、複数企業がアニメごとに出資・運営する製作委員会が発足する。僕のアニメプロデューサーという肩書は、この「委員会」を発足させ、運営し、収益を上げる仕事をする人のことを指す。  プロデューサーというとキラキラと華やかな職務内容(例えばパーティとか)を連想する人も多いが、業務の五十パーセントはメール、三十パーセントは会議、残りは誰かの失敗の尻拭いという感じで、面倒で地味な仕事しかない。 「竪山さん、遅くなりました」  青年誌『ビクトリアム』編集部の若林という猫背の男が、息を切らしながら会議室に入ってきた。僕は会議室のプロジェクターに自分のパソコンが接続されていることを確認して、委員会資料の投影準備をしていた。  会議室には三十人ほどの人間が各社から集まって、名刺を交換したり、歓談したりしている。会議は十一時からの予定で、もう十一時五分だ。みんなまだ和やかに名刺を交換しているからいいものの、若林は遅刻だ。 「じゃあ委員会、始めましょうか。皆さん、一度ご着席ください」  僕はにっこり笑って第一回『私の理解あるカレ君』製作委員会の始まりを告げる。若林もヘコヘコしながら椅子に座っている。 「今日の委員会は初回なので、簡単に皆さんの自己紹介からやりましょうか」  じゃあ、時計回りに、と僕は今来たばかりの若林を紹介する。 「遅れてすみません、ビクトリアム編集部の若林です。最近ちょっと、私生活がめちゃくちゃになってまして……」  若林は頭をポリポリとかいた。私生活。この人間は「私生活」の乱れが「仕事」を乱しても許されると思っているらしい。
漫画家でありながら、歌ったり踊ったり、また小説家としても活動する奇才。現在、『東京最低最悪最高!』『私たちには風呂がある!』を連載中。その他の著書に『アッコちゃんは世界一』『幻滅カメラ』などがある。Xアカウント:@tori_the_tomato