更新日:2025年11月19日 17:52
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「男の人はいいよね。人生の夏休みが長くて」荷物を取りに来た元カノの言葉に何も言い返せなかった/小説『まだおじさんじゃない』【第三章・第二話】/鳥トマト

 出版社・有幻社で漫画編集者として働く若林信二。担当作のアニメ化が決まり、ライツ事業部の堅山賢一とやりとりを重ねるが、彼の〝真っ当さ〟に触れ、自らが人生の〝周回遅れ〟であると気づく。そして恋人に家を出ていかれたことを振り払うように、婚活アプリを始めるが…… 『東京最低最悪最高!』が話題の人気漫画家・鳥トマトが“大人にならなければ”と自らを戒める中年の心の惑いを描く。

第三章(若林信二編)・第二話「わがまま女と欲張り男」

「歩様  暦の上に秋は立ちながら、厳しい暑さが続いておりますが、いかがお過ごしでしょうか? 突然の手紙、ごめんなさい。僕は最近、あなたが担当していた漫画をよく読み返しています。僕はあなたが丁寧な手つきで原稿に付箋を貼っている横顔が好きでした。今思うと、僕は歩が好きだったというより、歩が見せてくれる僕の知らない世界や、文化、新しい情報が好きだったのかもしれません。歩とは、編集者としてお互いを高め合える関係になりたかった。坂元裕二のドラマに出てくるみたいな、お互いの腹をさらけ出して、人間的に醜いところを受け入れ合えるような、そんな恋愛をしたかったんだと思います。  僕たちはセックスレスでしたよね。でも、性交渉なんか、してもしなくてもよかったんです。僕はこの家を二人分の文化の城みたいにしたかった。それが僕のささやかな夢だったんです。  僕たち、一緒にいると楽しいよね? 一緒に年をとりませんか? 結婚してくれませんか? 若林信二」  俺は歩に書いた手紙を読み返した。我ながらちゃんと書けている。  昨日、歩からのLINEを見た瞬間、俺は一瞬、荷物なんか郵送で送る……と書こうと思い、そしてやめた。あわよくば歩と復縁できるかも、という期待があった。それで、「わかった」と返したのだ。しかし、うまく喋れる気は全くしない。そこで手紙を書いた。作家を口説く手紙を書くのは俺の本業だ。十七年間、続けてきたこれだけには自信がある。  ピンポン。  ドアを開けると、白いロングワンピースを着た歩が立っていた。 「早く来ちゃってごめんね」  久しぶりに近くで見る歩は、なんだか肌艶が良く、俺の家から出ていったときよりも美人に見えた。 「荷物、まとめてくれた?」  無言で、玄関にある大きなトートバッグを指さす。歩はそれをしゃがんで摑むと、肩にかける。全部がスローモーションみたいだった。歩が何かを言いたそうに俺を見る。 「歩、あのさ」
漫画家でありながら、歌ったり踊ったり、また小説家としても活動する奇才。現在、『東京最低最悪最高!』『私たちには風呂がある!』を連載中。その他の著書に『アッコちゃんは世界一』『幻滅カメラ』などがある。Xアカウント:@tori_the_tomato