更新日:2026年05月12日 16:59
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「妖怪鬼電話」現代中年 惑いまくり小説『まだおじさんじゃない』【第四章・第三話】/鳥トマト

 出版社・有幻社のライツ事業部で、アニメプロデューサーとして働く堅山賢一(39歳)。同い年の漫画編集者・若林信二の担当コミック『私の理解あるカレ君』、通称「わたカレ」のアニメ化を担当しているが、堅山の上司・猿渡の不手際により計画は白紙に戻ってしまい……。 「僕も五十歳になったときに、部長のような力を維持できているだろうか」――。『東京最低最悪最高!』が話題の人気漫画家・鳥トマトが“大人にならなければ”と自らを戒める中年の心の惑いを描く。

第四章(堅山賢一編)・第三話「妖怪鬼電話」

「竪山さ〜ん、こっちです」  後楽園駅で待ち合わせした若林は案の定、五分遅れでやってきた。今日はこれから僕と若林で真中先生に「わたカレ」のアニメ化が延期されたことの謝罪をしなくてはならない。「わたカレ」のアニメ化が延期したことは、新しい製作委員会が発足するまで著者には内密にしておいてほしいと頼んだはずなのだが、連日の問い合わせに耐えられず、若林が「アニメ化なくなるかもしれません」と言ってしまったらしい。それで真中先生はブチギレてしまい、今の状況を直接説明してほしいと泣きついてきたというわけだ。ただでさえ忙しいのに仕事を増やさないでほしい。  全ての元凶である前部長の猿渡は、一か月前に別部署に異動になっていた。人事部からの度重なるパワハラ是正勧告を無視したからであるとか、潰れそうな会社との取引を無理やり進めて失敗したことで役員からの信頼を失ったからであるとか、人によってさまざまな異動の理由をでっち上げていた。きっと異動の理由は一つではない。そのどれもが事実なのだろう。やっぱプロパーじゃない人間が部長やると短命だね、という噂も聞こえてきた。自分が部長になっても、同じようなことを言われるのだろうと思い、暗澹たる気持ちになる。しかし、もはやそれどころではない。元々猿渡がいた部長のポジションには少年誌の編集部から落下傘のように元編集長のプロパー社員が座ることになったが、アニメ関連業務完全未経験の新部長はアニメの仕事は何もわからない。猿渡がやっていた実務は全て僕が巻き取ることになってしまった。猿渡は部長になってからもいくつか現場のプロデューサー業を抱えていたのもあって、僕の仕事量は猿渡が異動する前の二倍になった。今は毎日の業務をこなすだけで手いっぱいだ。 「あ、真中先生、待ち合わせ場所を勘違いして、もう店にいるらしいです」  若林の調整能力の低さに舌打ちしそうになる。僕たち二人は小走りで店に向かいながら会話をする。 「最近、編集部宛に怪文書が届いてて、寝不足なんですよね。それに加えて真中先生からも鬼電かかってきて死にそうなので、なんとか頼みます」  若林は心底つらい、という感じで走りながら顔を歪めている。お前だけがつらいと思うなよ、という感情が顔に出ないように唾をグッと飲み込む。 「先生はどういう感じの方ですか」  真中先生に悪印象を与えたくなくて若林に質問する。 「真中先生は、すぐ泣いちゃう感情的な意地悪ゲイですよ。最近美容オタクみたいになってて、もはや肌とか歯とかキレイすぎて白い妖怪みたいで、ちょっと怖いです」  若林はなぜ担当作家のことを悪く言うのだろう。身内みたいに思っているが故だろうか。自分は特別な存在と特別な関係にある特別な人間なんだという驕りが感じられて気持ち悪かった。  後楽園のアフタヌーンティーの椅子に座っていた真中先生は開口一番、 「結局アニメ化はするの、しないの?」  とため息まじりに吐き捨てた。 「聞きたいんだけど、こういうことってよくあるの? アタシが委員会に入りたいって、若林ちゃんに鬼電しなかったら、こういうことも一切知らされないままだったってこと?」  白い眉間に彫刻刀で彫られたように縦皺が刻み込まれ、般若面みたいで怖い。 「本当に申し訳ありません」  若林が座ったまま机に額を擦り付けて謝罪し、僕が羊羹をテーブルに出す。 「アタシ和菓子嫌いだから。あと、ごめんなさいもいらないの。結局、アニメ化はするのか、しないのか。するならいつするのか。私は結局いつ、いくらもらえるのかを教えてもらいたいんだけど?」
漫画家でありながら、歌ったり踊ったり、また小説家としても活動する奇才。現在、『二月に殺して桜に埋める』『私たちには風呂がある!』を連載中。その他の著書に『東京最低最悪最高!』『アッコちゃんは世界一』などがある。Xアカウント:@tori_the_tomato