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『みいちゃんと山田さん』アニメ化で賛否。乙武洋匡が問う「“いい障害者”しか描けない社会の危うさ」

新宿・歌舞伎町を舞台に、キャバクラで働く女性たちの姿を描いた漫画作品『みいちゃんと山田さん』(講談社)のアニメ化が決まった。主人公は、軽度の知的障害を持つ女性がモデルとされる。作中の描写をめぐって、知的障害者を支援する団体から意見書が公表されるなど賛否を呼んでいる。 作家の乙武洋匡氏は、『みいちゃんと山田さん』をきっかけに障害者への偏見や中傷が広がることには強い懸念を示す一方、ネガティブな障害者像だけを規制することにも慎重であるべきだとみる(以下は乙武氏による寄稿)。
みいちゃんと山田さん

撮影/編集部

「ネガティブな障害者像」は描いてはいけないのか?

『みいちゃんと山田さん』(以下、『みい山』)のアニメ化をめぐり、知的障害者の家族らでつくる団体が懸念を表明している。作中のみいちゃんは歌舞伎町のキャバクラ店で働いている。空気が読めず同僚から馬鹿にされるなど、知的障害者と明示されてはいないが、軽度知的障害や境界知能を想起させる描写がある。子どもたちの間では「みいちゃん」という呼称が他者への揶揄に使われることもあるという。作品から生まれた「障害者」のイメージを当事者への偏見や中傷につなげることは、到底認められない。団体の懸念には、最大限寄り添っていく必要がある。 それでも私は、この作品を規制することに慎重な立場をとる。ネガティブな障害者像のみを否定することは、他方でポジティブな障害者像を「正しい姿」として強化する危険性が高いからだ。 健常者にもさまざまな人がいるように、障害者だって善人がいれば悪人もいる。賢い人もいれば愚かな人もいる。努力家もいれば怠け者もいる。この30年近く、繰り返し主張してきた内容だ。「みいちゃん」を見て、「障害者=空気が読めない」という認識を持つことも誤りだが、知的障害を持った人の中にみいちゃんのような特性を持った人がいることも否定できない事実である。支援団体は一律に映像化に反対する立場ではないというが、万が一作品に規制をかけるならば、描き方の前例をつくってしまうこととなる。

“いい障害者”だけを描くことの懸念

たとえばつい先日放送された『24時間テレビ』(日本テレビ系列)では、長年にわたって障害者が困難に挑戦し、努力する姿が描かれてきた。描く側は善意でも、こうした伝え方が「障害者とは前向きに頑張り、勇気を与えてくれる存在だ」というステレオタイプを築き上げ、イメージを強固にしてきた歴史がある。私が『五体不満足』を執筆した強烈な動機も、まさにこのような固定観念に風穴を開けたい、というものだった。 なぜ、『24時間テレビ』のようにポジティブな描き方ならよく、『みい山』のようにネガティブな描き方はNGになってしまうのか。肯定的な描き方しか許されないなら、それこそステレオタイプの強化につながってしまう。 みいちゃんもまた、この日本社会の中で生きづらさを抱える当事者の一人であり、彼女の存在だけを表現の世界から“消す”ことは、どうにも欺瞞に思える。障害者への偏見や中傷を許してはならないが、イメージを固定化させないためにも、フィクション・ノンフィクションを問わず、さまざまなタイプの障害者が描かれることが必要ではないだろうか。
乙武洋匡

乙武洋匡

<文/乙武洋匡>
1976年、東京都生まれ。大学在学中に執筆した『五体不満足』が600万部を超すベストセラーに。卒業後はスポーツライターとして活躍。その後、小学校教諭、東京都教育委員などを歴任。ニュース番組でMCを務めるなど、日本のダイバーシティ分野におけるオピニオンリーダーとして活動している
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