時計のない暮らしから見えてきた真実――オーストラリア先住民に学ぶ「本当の豊かさ」とは
オーストラリアの先住民を指す「アボリジニ」という呼称は、現在オーストラリアでは差別的なニュアンスが含まれるとして、公的には使われなくなっています。その代わりに、「アボリジナル」「アボリジナル・ピープルズ」「アボリジナル・オーストラリアンズ」などと呼ぶのが一般的です。アボリジナルの知恵から現代社会を見つめ直す『アボリジナル・メッセージ』。著者の飯島浩樹氏は長年のオーストラリア滞在経験を活かし、アボリジナルの世界観や生き方から学んだ教訓を紹介。現代人が忘れがちな自然との共生や本当の豊かさについて、鋭い洞察を投げかけています。
飯島浩樹氏(以下、飯島):本書執筆のきっかけは2011年の福島第一原発事故後、オーストラリア北部のウラン鉱山周辺を取材した際の体験です。そこで出会ったアボリジナルの長老イヴォンヌさんの言葉に深く心を動かされました。彼女は「私たちの土地のウランが、日本の原発事故を引き起こした。これは間違ったことで、心から悲しく思います」と涙ながらに語ってくれたんです。その瞬間、アボリジナルの人々の精神性が私の心に刻まれ、彼らの知恵や世界観を日本人や世界に伝えなければという使命感が芽生えました。
ーーアボリジナルの世界観で特に印象的だったのはどのような点でしょうか?
飯島:「ドリーミング」と呼ばれる彼らの独特な世界観です。ドリーミングでは、過去も未来もなく、すべてが今この瞬間に存在すると考えます。例えば、何万年も前の神話の世界も、今もなお続いていると捉えるんです。これは現代人の時間感覚とは全く異なります。彼らにとって時間は直線的に流れるものではなく、むしろ螺旋状に進化し続けるものなんです。
ーーその世界観は日常生活にどのように影響しているのでしょうか?
飯島:最も顕著なのは、彼らの時間に対する態度です。アボリジナルの人々は「何時に待ち合わせ」とか「何時から何時まで」というような時間による予定立てをしません。自分の年齢すら知らない人も多いんです。これは単に時間にルーズなのではなく、彼ら独自の時間感覚に基づいた生き方なんです。例えば、ある長老との取材では、待ち合わせ時間の幅が3日間もありました。現代社会では考えられないことですよね。
ーー確かに驚きですね。そのような時間感覚は、現代社会に生きる私たちにどのような示唆を与えてくれるでしょうか?
飯島:私たちが日々の忙しさに追われ、細かい時間に縛られすぎていることに気づかせてくれます。アボリジナルの人々は、悠久の時間の流れの中で物事を俯瞰的に捉えています。そのため、細かいことにとらわれず本質だけを見る力があるんです。これは現代社会で見失いがちな、本当に大切なものに目を向ける姿勢を思い出させてくれます。
ーーアボリジナルの人々の自然観についても興味深い点があれば教えてください。
飯島:彼らにとって「カントリー」、つまり大地は単なる土地や場所ではありません。生命の源であり、精神的なつながりのある空間なんです。彼らは大地に意識があると考え、自分たちもその一部だと捉えています。そのため、「所有」という概念がなく、すべてを「共有」するという考え方が根付いているんです。
ーー所有の概念がないというのは、現代社会とは大きく異なりますね。
飯島:そうなんです。これは彼らの「知れば知るほど必要なものは少なくなる」という諺にも表れています。アボリジナルの人々は、学べば学ぶほど、本当に必要なものは大地にあると気づき、不要なものを持たなくなるんです。これは今の日本社会がモノで溢れ、大量のゴミを出している状況と対照的です。彼らの考え方は、実は現代のSDGsの概念にも通じるものがあるんですよ。
時間は直線的に過ぎていくわけではない
知れば知るほど必要なものは少なくなる
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1965年山梨県生まれ。ジャーナリスト、TBSシドニー通信員、豪外国人記者協会前会長。豪・ウーロンゴン大学院ジャーナリズム学科卒業後、シドニーの地元テレビ局で日本語教育番組等を制作。TBSの2000年シドニー五輪支局の代表を務めた後、TBSシドニー通信員として特派員業務を行う。これまで、オーストラリアやニュージーランド、南太平洋島嶼国を精力的に取材し、歴代首相や著名人への単独インタビューなどを敢行している。2020年には、日・豪・中合作のドキュメンタリー映画『セーブ・ザ・リーフ〜行動する時〜』をプロデューサーとして制作。著書に『躍進する未来国家豪州 停滞する勤勉国家日本 -2032年の世界の中心 オーストラリアに学べ-』(2022年/いろは出版)、小説『奇跡の島〜木曜島物語〜』(2019年/沖縄教販)、訳書『豪州へ渡ったウチナーンチュ』(2021年/沖縄教販)がある
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