負けたときこそ試される?敗北をチャンスに変える方法/棚橋弘至 vol.66
新日本プロレスの人気プロレスラーにして「100年に一人の逸材」と言わしめ、プロレスラーを引退したばかりの第11代社長(’23年12月就任)棚橋弘至が、日々の激務のなかでひらめいたビジネス哲学を綴っていく。今回は「負けた瞬間」について。棚橋社長はいったいどんな結論に至ったのか。(以下、棚橋弘至氏の寄稿)
新日本プロレスの年間スケジュールは、開催時期は若干前後するものの、毎年ほぼ同じ周期で決まっています。
年始は東京ドーム大会、5・6月にはジュニアヘビー級選手によるリーグ戦「BEST OF THE SUPER Jr.」、夏はヘビー級選手のリーグ戦「G1 CLIMAX」、秋はヘビー・ジュニアそれぞれのタッグリーグといった具合です。で、「春は?」ってなりますよね。

新日本プロレスの春は「NEW JAPAN CUP(以下、NJC)」というトーナメント戦があります。
この春のトーナメント戦、NJCが始まったのは’05年。そして、僕はこの第1回大会から出場していました。1回戦で永田(裕志)選手。準決勝で天山(広吉)選手。決勝では中西(学)さんと対戦、優勝しました。
その大会が、今まで20年続いているのはすごいことです。きっと、第1回の優勝者が良かったからですね(笑)。
新日本プロレスの歴史の中で、もっとも長く続いているヒットシリーズは、「真夏の祭典」として親しまれている1991年に始まった「G1 CLIMAX」。昨年のG1は第35回。今年で36回目の開催になります。
このNJCとG1の現在の違いは、トーナメントかリーグ戦かになります。トーナメントは一発勝負なので、負けた時点で終わりです。リーグ戦は総当たりで最後まで闘い抜いて、○勝○敗と結果が出て、成績上位者が優勝決定戦を行います。
よって、闘い方に若干、違いが出るような気がするかもしれませんが、実はそれほど違いはありません。
1976年生まれ。新日本プロレスの第11代社長(’23年12月就任)。’26年1月4日を以て現役を引退。キャッチコピーは「100年に一人の逸材」
負けたときこそ発想を転換して、チャンスに変えるのが逸材式!

棚橋弘至 ©新日本プロレス
1976年生まれ。新日本プロレスの第11代社長(’23年12月就任)。’26年1月4日を以て現役を引退。キャッチコピーは「100年に一人の逸材」

