かつて圧倒的な気品と存在感で多くのファンを魅了した牧村彩香さん。しかし彼女は突如として表舞台から姿を消した。
その裏には、突然の「癌(がん)」宣告、過酷な手術、そして彼女の肉体の自由を奪った壮絶な合併症との闘いがあった。

牧村彩香さん
数年の沈黙を破り、再び「牧村彩香」という原点の名前を掲げて歩み始める彼女が、引退の知られざる真相、専属・企画女優時代に抱えていたプロとしての苦悩、独自の芸術的セルフプロデュース、在宅サービスでの緻密なビジネス戦略まで、そのすべてを赤裸々に語った。
突然のがん宣告と、静かなる「引退」の真相
――今回のインタビューでは、これまであまりオープンに語られてこなかった部分も含めて、視点を変えて色々と深掘りをしていきたいと思っています。まず、表舞台から急に姿を消した、最大のきっかけとなった「病気」の経緯について、当時の状況を詳しくお聞かせいただけますか?
牧村:そうですね。それまでお世話になっていた事務所から移籍をして、「さあ、これから心機一転」と思い、撮影を再開してから、現場でも日常生活でも体調が悪くなるように。
病院で検査をしたところ「がん」が発覚したんです。そこで、すでに決まっていた撮影のスケジュールも、ストップせざるを得なくなりました。まずは治療に集中しようということで、手術を行うことになったんです。
――事務所を移籍した直後の、これからという時だったのですね。
牧村:はい。でも本当に大変だったのはそこからで、手術をした直後に、合併症を発症してしまったんですね。それが原因で、体が思うように動かせない、歩けないという深刻な状態になってしまったんです。
――歩くことも難しい状態に…。
牧村:そうなんです。そうなると、セクシー女優の激しい動きを伴うお仕事なんて、もちろんできるわけがありません。それ以前に、普通の日常生活を送ること自体に大きな支障が出ているレベルでしたから。丸1日拘束されてハードなプレイをするような世界は、まず肉体的に無理だなと。
体が動かないという状態を目の当たりにして、「これはもう、今までの形でお仕事を続けるのは絶対に無理だ」と判断しました。それで事務所のスタッフとも今後のことを話し合ったんです。ただ、理由が理由ですし、大々的に「がんになりました、引退します」と宣言してファンの皆さんを過剰に心配させたり、騒がせたりするのも違うと思い、事務所と私の共通の判断として、「表立って発表はせず、静かにアカウントを閉じましょう」ということになりました。それで、皆さんの前からある日突然、煙のように消えてしまう形になったんです。
――ファンの方々からすれば、本当に突如としていなくなったように見えた裏には、そんな命に関わる重大な局面があったのですね。実際にがんを宣告された瞬間、そして体の自由が利かなくなったとき、どのような心境だったのでしょうか。
牧村:うーん、どういう気持ちだったか…。一般的にはすごく取り乱したり、絶望したりするイメージがあるかもしれませんけど、私の場合は「あ、がんか」という感じで、どこか一歩引いた、冷めた受け止め方でしたね。
幸いにも、私の場合はステージのレベルとしてはまだ比較的初期というか、治療の選択の余地が残されている段階でしたので、すぐに命に別条があるという状態ではありませんでした。ただ、進行がとても早いタイプのがんだと言われたので、治療のステップ自体はすごく急かされました。「のんびり選んでいる場合じゃない」という感じで。
担当医の意見としては、抗がん剤治療を進めるのではなく、手術で取り除くのがベストだという方針だったので、私は手術を選びました。でも、その結果として重い合併症を引き起こしてしまったんです。こう言ってはひんしゅくを買うかもしれませんが、当時は手術をしたことを後悔しました。
――命は助かったものの、肉体的な自由を失ってしまった。仕事が完全に途絶えてしまったことへの焦りやショックは大きかったですか?
牧村:焦りはやっぱり出てきました。でも、がんを宣告されたから焦るというよりは、私は元々どうしても「仕事人間」というか、「常に頭を動かして何かを生み出していないと気が済まない」という性質なんですね。だから、何もできずにただ動けないということ自体が、精神的にショックでした。
通常の生活が送れないということは、その先にある仕事なんてできるわけがない。それなのに頭の中では「仕事、仕事」という仕事脳のままだったので、そのギャップが苦しかったです。ただ一方で、がんの種類が少し特殊だったこともあって、その時期にはもう「性行為をしている場合ではない」というか、未練のようなものは全くなくなっていました。
――未練は全くなかった。それは、やりきったという感覚からでしょうか。
牧村:はい、本当にバサッと綺麗に気持ちが切れていましたね。ちょうど事務所が変わって、新しい芸名で動き出そうという手前でしたから、その新しい名前にまだそこまで強い思い入れがなかったというのもあります。そして何より、それ以前に「牧村彩香」として、たくさんの作品を世に送り出して、やるべきことはしっかりやり終えていたという自負がありました。だからこそ、未練を残さずに気持ちを切り替えることができたんだと思います。
――ここで少し時間を遡って、牧村さんのこれまでのキャリアについてもお聞きしたいと思います。牧村さんは2018年にデビューされ、最初の事務所に3年ほど在籍されていました。デビュー当時は「40過ぎの子持ち主婦が突然デビューした」という、かなりセンセーショナルで刺激的なキャッチコピーで売り出されていましたが、実際のところはいかがだったのでしょうか。
牧村:「牧村彩香」という名前自体は、デビューのときにメーカーさんが用意してくださったものだったのですが、それは私の面接時の雰囲気や空気感をすごく丁寧に汲み取ってくれた、上品でとても綺麗な名前だなと当時から気に入っていました。だから、紆余曲折を経て、今回また「牧村彩香」という原点の名前で活動を再開できることには、特別な嬉しさを感じています。
――最初の頃は特定のメーカーの「専属女優」としてスタートし、その後、様々なメーカーの作品に出演する「企画単体女優」へと転向されましたよね。一般のファンからすると、専属と企画の違いや、その転向の裏にある当事者の気持ちはなかなか見えにくい部分ですが、当時はどのような葛藤があったのでしょうか。
牧村:専属というのは、1つのメーカーさんと契約して、そのメーカーの世界観の中で定期的に撮影をしていきます。一方で企画になると、専属のプレッシャーがなくなって、色んなメーカーさんから多種多様な作品を出せるようになります。
世間のイメージだと、どうしても「専属=ステータスが高い、売れっ子」「企画=専属から落ちた」という風にネガティブに捉えられがちですし、当時の私も最初に専属から外されるお話を聞いたときは、「あ、私はもう必要とされなくなったんだ」「商品価値が落ちてしまったんだ」と、すごくショックを受けました。でも、当時のマネージャーとじっくり話し合っていくうちに、「いや、牧村さんのキャラクターや、やりたいことを考えたら、絶対に企画の方が向いているし、自由になれるよ」と諭されて、自分でも納得できたんです。
――実際に企画に移られてみて、どういった点がご自身に向いていると感じましたか?
牧村:専属にいると、「この女優はこういうイメージで売っていく」というメーカーさん側の方針が明確に固まっているんです。人妻もの、近親相姦もの、寝取り作品という風に、毎回同じようなシチュエーションやドロドロした設定ばかりが続いてしまって、演じる側としては精神的にも表現としても、どうしても飽きやしんどさ、限界が来てしまうんですね。
でも私自身は、もっと色々なことに挑戦したかった。例えばコスプレもしてみたかったし、個人的にすごく好きだったマッサージ系や、隠しカメラ風のリアルなフェチ作品にも出てみたかったんです。企画単体になったことで、本当にたくさんのユニークなメーカーさんや監督さんと出会うことができて、表現の選択肢が一気に広がりました。結果的に自分にとっては、企画への転向はとてもプラスになりましたね。
――自由を得た一方で、セクシー女優として「求められるイメージ」を守り続けることへのストレスやジレンマも、やはり大きかったのでしょうか。
牧村:それは本当に大きかったです。特に専属時代は髪型をロングからショートにするだけでも事務所やメーカーの許可が必要でしたし、ファンの理想を壊さないため、自分で勝手な制約をつけたりと、私生活にまで及びました。私はプライベートでは独身だったのですが、わざわざ通販で結婚指輪を買って、それを常に指にはめて「人妻」としてのリアルな生活感を装ったりしていましたから。メイクにしても、自分の好きなド派手なものは絶対にできなくて、男性が好む「ナチュラルで、控えめで、おしとやかな人妻」に見えるように、細かく計算して引き算のメイクをしていました。
男の人が勝手に抱いている「何でも自分の言うことを聞いてくれる、都合のいい理想の人妻」という幻想の枠組みに、自分を24時間合わせ続けなければいけない。それはプロとして、仕事として、割り切って完璧に演じてはいましたけれど、やっぱりどこかで本当の自分を置き去りにし、押し殺していたので、精神的な疲弊は相当なものでした。知らず知らずのうちに、すごく疲れてしまっていたんだと思います。
――いわゆる「絶対にあり得ないシチュエーション(義理の娘の旦那を襲うなど)」を求められることに対する、冷めた視点というか、ある種の哀れみのようなものを語られていましたね。
牧村:そうそう、絶対に現実にはあり得ない、あるいは絶対に現実の日常では手に入らない存在である女性を、自分の都合の良いように支配できてしまうというシチュエーションに、男の人はファンタジーとしての憧れを抱くんですよね。それを客観的に見ながら演じていると、「なんと愚かで、なんと哀れなんだろう」と、どこか冷徹に思ってしまう自分もいました。それを自分の心と体を削りながら、虚構の世界で演じ続けるというのは、やっぱり長期的に見ればすごく難しいことなんです。
ファンはファンで勝手に作り上げた「牧村彩香」のイメージを、私の実際の人生にまで押し付けてくる。「知ったこっちゃない」と思いつつも、そういう濃い熱量を持ったユーザーばかりを相手にしていると、どんなに常識的なプロ意識を持っていても、精神的な境界線が摩耗していきます。がんになる前から、そういった終わりのない消費のサイクルがあったと思います。