「この業界は絶対に長くいるべきじゃない」セクシー女優20年目のホンネと「それでも還暦まで続けたい」理由
2005年のデビュー以来、数度の引退・復帰を繰り返しつつ、セクシー女優活動20周年を迎えた翔田千里さん。
20年のセクシー女優経験を通して、業界のさまざまな変化を実際に体感してきた翔田さんが、現在の業界について思うことを語ってくれました。

――今年でセクシー女優活動20周年の翔田さんですが、これまでに何度か活動休止や引退からの復帰もしていますよね。
翔田千里(以下 翔田):はい。最初はデビューから2年目の2007年末で、一度休止しました。デビュー以来さまざまなお仕事をいただいて、いろいろな女性を演じて、挑戦して。
最終的に自分からハードSM作品を志願して出演したんです。そこで「やりたかったことはやりきっちゃった」と、燃え尽き症候群になってしまいました。
――一気にいろいろな活動をして、疲れてしまったんですかね。
翔田:それから2010年、今度は子宮の病気が見つかって、映像の仕事は引退。2011年に復帰して、次は2015年にセクシー女優としての活動は完全引退しました。
でも2017年に復帰して、それからずっと活動しています。結局、今が一番セクシー女優として長く活動し続けていますね(笑)。

――2015年の完全引退から復帰までの間は、なにをしていたんですか?
翔田:最初は「しゅう」という名前で、撮影会のモデルをしていたんです。でも仕事があまりなくて、結局セクシー女優としてデビューする前に働いていた人材派遣会社で契約社員になりました。それと並行して、エキストラの事務所に入って活動を。
――エキストラとしては、どんな活動を。
翔田:MVやワイドショーなど、4~5本くらいは出演しましたね。でもバッグの広告をやったら、視聴者から「これは翔田じゃないか」って問い合わせが来てしまって。
広告って、コンプライアンスが厳しいんですよ。それで「どういうことだ」ってなって、結局おろされたんです。違約金などはなかったんですが、それでエキストラ事務所も辞めました。
――やっぱり、元セクシー女優が一般的な表舞台に出るのは、反対があったと。
翔田:そうですね。私も心のどこかで自分を「日陰の人間」だと思っているので、会社には「迷惑かけちゃったな」って。それと同時に「日の当たるところでは、働けないんだな」とも思ったので、エキストラを辞めたんです。
でも、実はずっとエキストラをやってみたかったんですよ。だから短い間でも、夢が叶って良かったと思っています(笑)。

翔田千里
数回の休暇・引退と復活を繰り返して、活動20年
エキストラに転身も、元セクシー女優の肩書が足枷に

単純に「本が好きだから」との理由で出版社に入社。雑誌制作をメインに仕事を続け、なんとなくフリーライターとして独立。「なんか面白ければ、それで良し」をモットーに、興味を持ったことを取材して記事にしながら人生を楽しむタイプのおじさんライター
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