サッカー部を除籍処分になった前田大然が、地元に帰らなかったワケ。「誰よりも走り続ける男」を突き動かす“責任感”のルーツは高校時代に
FIFAワールドカップ26の開幕まで1カ月を切った。優勝を目指す日本代表のなかで、驚異的なスピードを武器に独自の立ち位置を築くのが前田大然だ。前回に引き続き2度目となるワールドカップではどのような姿を見せてくれるのか、否が応でも期待してしまう。
さて、5月に『がむしゃら なぜ俺は、こんなに走るのか——。』(幻冬舎)を上梓した前田大然は、同書で懸命に走り抜けてきた半生を振り返っている。発売に先立った本インタビューでは、自身のルーツに加えて、ワールドカップでの抱負を本人の口から語ってもらった。
「誰かのためにっていう想いはあるのかな」
前田大然は常に誰かを思って「がむしゃら」に走ってきた。誰かのためであって、誰かのせいではない。誰かからの期待を背負うと同時に、期待への責任も背負う。そして、一生懸命に走り続けることで、自身の責任を果たしてきた。
期待への責任を大きく感じた出来事として、高校時代にサッカー部を除籍処分になったエピソードを著書のなかでも明かしている。
サッカーのために大阪から山梨学院高へ越境入学したのだが、友だちとのじゃれ合いが問題視されて、サッカー部を除籍処分となった。
サッカーに懸けて一心不乱になっていたなかで、サッカーを取り上げられることになった。絶望に等しい世界へ一変したというのは想像に難くない。それでも「自分がやってしまったことの責任を取れるのは自分しかいない」と、地元には戻らずに山梨に残ることを決意した。いつかサッカー部へ戻れるかもしれないという保証のない一縷の望みに懸けたのだった。
「振り返ると、大したものではないのですがプライドのようなものがありました。山梨で頑張ってくるといって大阪から出てきたのに、すぐには帰れないという責任感も感じていたので、残る決意をしました」
両親は、「いつでも大阪に帰っておいで」とこぼしつつも、彼の意思を尊重してこれまで以上にサポートしてくれるようになる。そんな期待に応えるべく、発奮する。
「両親の励ましを受けて、山梨で頑張るという想いを強めたように記憶しています。反抗期らしい反抗期があったわけではありませんが、今にして思うとそれが最初で最後の反抗期だったのかもしれませんね」
反抗期という言葉を使って表現しているが、山梨へ快く送り出してくれた両親の気持ちに応えようとする責任感こそが行動指針となり、原動力になったことが真意なのは明白である。

前回のワールドカップではクロアチア戦で先制ゴールを決めている
サッカー部を除籍処分になった高校時代
大阪に帰らず、山梨に残ったワケ

高校時代は全国の舞台でプレーできなかったものの、最前線でチームを牽引した(本人提供)
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スポーツライター。日本最大級だったサッカーの有料メディアを有するIT企業で、コンテンツ制作を行いスポーツ業界と関わり始める。そのなかで有名海外クラブとのビジネス立ち上げなどに関わる。その後サッカー専門誌「ストライカーDX」編集部を経て、独立。現在はサッカーを中心にスポーツコンテンツ制作に携わる
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