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「金持ちを札束で引っ叩きたかった」“日本で一番稼いだホスト”の意外な原点。関西学院大学時代に感じた格差

―[美島光司]―
「僕は歴史上、日本で一番稼いだホストやと思いますよ」 そう言い切るのは、ホスト歴30年の美島光司さん(52歳)。かつて歌舞伎町の名門ホストクラブ「愛本店」でNo.1に上り詰め、細木数子さんからも指名を受けた伝説のホストだ。
美島光司

美島光司さん(52歳)

大阪・ミナミから歌舞伎町へ渡り、頂点まで駆け上がった美島さんは、30年のホスト人生で何を見て、何を手に入れたのか。その壮絶な半生を聞いた。(短期集中連載 全3回の1回目)

資本主義の格差を見てホストの道へ

美島光司49歳で引退するまで約30年ホストを続けた美島さん。だが、ホストを始めるまでは、どこにでもいるただの大学生だったという。 「僕は兵庫の西宮にある関西学院大学に通ってました。元々国立大学を目指してたんですが、学校の勉強をまともにしたことがなくて。ただ、英語と日本史は好きやったんで、その2教科と国語の3教科で受験できる関学に行きました」 関西学院大学は、「関関同立」の一角を担う関西屈指の名門私立大学。同時にお金持ちの子どもが集まる“お坊ちゃん大学”としても知られている。 「1回生で入ったゼミの男連中は全員、附属校からの内部進学の超金持ちでした。みんな当たり前のように芦屋の六麓荘(ろくろくそう、関西屈指の超高級住宅街)に住んで、まだ二十歳そこそこの学生のくせに、ポルシェに乗って通学してくるんです」 しかし、美島さんは一般家庭の出身。関学入学後は、ことあるごとに「格差」を見せつけられた。 「あるとき、ゼミの連中がみんな同じブランドのバッグを持ってて。田舎者の僕は何も知らんから、『それいくらするん?』って無邪気に聞いたんです。そしたら『ルイ・ヴィトンのやつで、15万円だよ』って返ってきたんですわ。僕なんて、ディスカウントストアで買った3,000円のバッグやのに……(笑)」 普通の大学生の美島さんにとって、バッグ一つに15万円を使う世界があるなど、想像もできなかった。 そして、美島さんはそのゼミで、格差をより痛感する出来事を目の当たりにした。 美島光司「内部進学の金持ちの奴ら、みんなめちゃめちゃアホやったんです。英語の授業で僕が指名されて、『そこには関係代名詞のthatが入ります』って答えたら、みんなポカーンとしてるんですよ」 授業は決して難しい内容ではなかったが、内部進学の生徒は本当に何も理解していない。だが彼らは「親が金持ちだから」という理由だけで、関西学院大学という優秀な大学に、努力もせずに入っている。 「なんでこんなアホで、ただ金持ってるだけの連中と一緒におらなあかんねん」 そんな環境に嫌悪感を抱くようになった美島さんは、ある決断をした。 「京都大学に入り直すために仮面浪人するか、同級生よりも死ぬほど金を儲けるか。どっちかの道に進もうと思ったんです」 最終的に美島さんは後者を選んでホストになったわけだが、そのきっかけは些細なことだった。 「テレビの深夜番組で、大金稼ぐホストたちが映ってたんです。それ見てたら、頭から『京大』の文字がどんどん消えていって。『ホストになって、あいつらより金稼いで見返してやりたい!』っていう衝動が抑えられんくなったんですよね(笑)」 こうして、美島さんは大阪・ミナミの夜の街に飛び込んだ。

大金を稼いで札束で逆襲する日々

ミナミでホストをしていたとき

ミナミでホストをしていたときの美島さん/本人提供

美島さんがホストを始めた1990年代のホストクラブは、今のような若者が集まる煌びやかな場所ではなく、お金持ちの女性が集まる“大人の社交場”。コールやシャンパンタワーもなく、生バンドの演奏を背景に、フロアで社交ダンスを愉しむ場所だった。 また、来店する金持ち客も、ヤクザの妻や芸能人、高級クラブのママなど、一癖も二癖もある人種ばかり。下手なことをすれば、売上どころか命がなくなってもおかしくない環境だったという。 美島さんは接客業の経験はなかったが、持ち前の喋りと明るい性格ですぐに人気を掴み、あっという間に人気ホストとなった。 「始めたときは日給3000円スタートやったんですが、すぐに月数百万ぐらいは稼げるようになりましたね」 そして、美島さんはお客さんとして来ていた福原(神戸にある歓楽街)の経営者に見初められ、21歳の若さで福原にホストクラブを出店するまでになった。 「大金を稼ぐ」という目標を達成した美島さんは、その喜びを深く噛みしめていた。
美島光司

美島さんは大学生にして福原で店を経営していた/本人提供

「当時はセルシオを大学の前に横付けして、車内で店の売上の札束をブワーって数える生活を送ってました。大学では内部進学の連中が、お洒落なレストランで1枚2000円もする高級ステーキを優雅に食べてたので、僕はその目の前でステーキを2枚同時に注文して、サラダをアホほど食い散らかしてました。ボンボンたちを札束で引っ叩くような感覚でマウンティングし返してたんです」 かつて格差を見せつけられた同級生に、それ以上の「強烈な格差」を見せつけたかった。 だが、その後美島さんは、もっと残酷な現実を目の当たりにすることになる。
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震災が突きつけた“本当の格差”
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大阪のフリーライター・カメラマン。卓球好きが高じて大阪府立大学在学中に卓球メディア「Rallys」でライター活動をスタート。現在は卓球以外にも大学ミス・ミスターコンの取材を中心に、幅広い分野で執筆活動を行う。X:@takkyu6789、Instagram:@guid_dsij
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