「普通の学校に入学させたのは親のエゴ」星野真里への“もっともらしい意見”に感じた恐怖。『24時間テレビ』が浮き彫りにしたもの
『24時間テレビ』の功罪をどう考えるべきか。今年は特に重い問いを投げかけました。チャリティーマラソンを走った星野真里の言動への批判が想像以上に厳しいものだったからです。
さて、星野真里への批判をそれぞれ読んでいくと、みな筋が通っているように思われます。少なくとも、罵詈雑言や誹謗中傷というようにはなっていない。冷静に、星野の主張の穴をついていくようなコメントがほとんどです。
しかし、これらの意見が冷静で客観的であればあるほど、底知れぬ冷え冷えとした恐怖を感じるのです。なぜなら、星野への批判的な意見が、驚くほどにドイツで躍進している極右政党の主張と似通っているからです。
9月6日にドイツ東部のザクセン・アンハルト州で行われる州議会選挙で、「ドイツのための選択(AfD)」という政党が掲げる公約が波紋を広げていると、読売新聞が報じています。なかでも障害児教育の見直しが社会に衝撃を与えているのだそう。その主張は、「障害児と健常児が同じ教室で学ぶという実験は失敗した。障害児は授業の進行を妨げる」というもの。その上で、「ドイツのための選択」は特別支援学校の強化を選挙公約に盛り込んでいるのです。
これを読めば、今回の星野真里の主張に対するネット上での「正論」と呼ばれる論理展開と、驚くほど似通っていることがわかるはずです。
もちろん、日本のネット世論と「ドイツのための選択」の主張を全く同じだと言うことはできません。しかし、障害児と共に学ぶ理想よりも、現実的な負担であることを懸念している点ではかなり近い考えであることは確かです。
つまり、今年の『24時間テレビ』は、ひょっとすると日本国内で眠っていた障害児との共生をめぐる厳しい本音を可視化させてしまったかもしれないのです。
星野真里の言動に厳しい批判が集まった理由
今回走るきっかけとなったのは、先天性ミオパチーという難病と戦う11歳の娘、ふうかさんの存在です。学校で障害のない生徒とともに勉強しながらも、教室の片隅に車椅子でひとりポツンとたたずむ光景に、多様性を重んじるインクルーシブ教育からかけ離れた現実を痛感したという星野。 障害を持つ子供の母親としてマラソンを走れば、社会を変えるきっかけになるかもしれないという動機があったと語ってきました。 ところが、これに対するネット上の反応は思いのほか厳しいものでした。マラソンゴール後には、教員を名乗るアカウントから、「明日から学校に行くのが恐怖」という投稿がありました。これは、星野が訴えるインクルーシブ教育への社会的認知と支持が広まることで現場の負担が増大することを恐れての発言だと思われます。 また『24時間テレビ』関連のネットニュースへのコメントでも、「人工呼吸器を付け、全介助が必要な児童を学校に求めるのは無理があるのだから、支援学校に行くのが望ましい」という意見が多くの共感を集めていました。 X(Twitter)でも、「知的障害ではなく肢体不自由者であるということから特別支援学校への通学を提案されていたはず。にもかかわらず、普通の学校に入学させたのは、知的障害ではないから障害ではないという親のエゴなのではないか」という投稿が多くのインプレッションを得ています。 こうした意見からは、学校のリソースが不足しているという現実論と、障害の種類を厳密に区別して対応すべきという原則論が、一定の支持を集めていることを示しています。 そして、今回のチャリティーマラソンが例年と異なる理由は、まさにこうした世の中の空気を、番組が想定していなかった形で浮き彫りにしてしまったからなのです。
まるで「ドイツで躍進する極右政党の主張」
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