恋愛・結婚

片想いに片想い、心変わりできるはずもなく 『五十年目の両想い』/新堂冬樹

【これまでのあらすじ】 猛勉強のすえ、なんとか美沙と同じ高校に進学できた豊。しかし、喜びもつかの間。今の美沙には恋人がいる。野球部のエースで成績優秀、顔まで良いときた。「悔しいけど叶わない」……歯がゆい気持ちに押しつぶされそうになっていた豊に声をかけたのはーー 【主な登場人物】 豊(ゆたか)
五十五歳。児童文学出版社「童夢ファクトリー」社長。穏やかで争いを好まない性格。五十年前に抱いた初恋を、いまも胸の奥にしまい続けている。 真理亜(まりあ)
豊の幼なじみ。明るく自由奔放で、いつも豊を振り回してきた”太陽のような少女”。豊にとって、決して忘れられない存在。 白川美沙(しらかわ・みさ)
「童夢ファクトリー」編集長。豊の元部下で、令和世代らしい感性を持つ仕事のパートナー。歯に衣着せぬ物言いで豊を翻弄するが、その姿はどこか真理亜を思い出させる。 五十年目の両想い   

3-2 クラスメイトの女子

    「野村さん」  声をかけてきたのは、同じクラスの野村陽子だった。 「ごめんね、邪魔しちゃって」  陽子が遠慮がちに言った。  陽子は真理亜とは対照的に、控えめな性格の女子でクラスでも目立たないタイプだった。 「ううん、ぼーっとしてただけだから大丈夫」 「ちょっと……一緒にいいかな?」  陽子が、顔を真っ赤にして訊ねてきた。  意を決して切り出したという感じだった。 「あ……もちろん」 「ありがとう……」  陽子が緊張した面持ちで歩み寄り、豊の隣りに立った。  重々しい沈黙が広がった。  豊も陽子も内気なので、会話が続かなかった。  沈黙は続いた。  陽子は五ヶ月前のバレンタインデーに、豊に手作りのチョコレートをくれた。  だが、好きじゃないなら受け取るべきではないと真理亜に言われて、チョコレートを返してしまったので豊は陽子にたいして罪悪感があった。 「あの……ずっと気になってたこと訊いてもいい?」  沈黙を破ったのは陽子だった。 「うん。なに?」  豊の心臓の鼓動が、急に早鐘を打ち始めた。 「竹井君は、つき合ってる人がいるの?」  予想外の質問に、豊は動揺した。 「え……いないよ」 「チョコを受け取ってもらえなかったから、彼女がいるのかなって思ってたんだ」 「あ、ああ……そうなんだ。あのときは、せっかく僕のために作ってくれたのにごめんね」  豊はずっと心に引っかかっていたことを素直に詫びた。 「そうだよね。私なんかからチョコをもらったら迷惑だよね」  陽子が強張った顔で懸命に微笑んで見せた。 「そんなことないよ! 嬉しかったよ」  豊は慌てて否定した。 「ほんとに!?」  陽子の顔がパッと明るくなった。 「うん。僕のことを好きだと言ってくれる人、初めてだったから」  真理亜も豊のことを好きだと言ってくれているが、それはラブではない。 「だったら、どうして受け取ってくれなかったの?」 「……好きな人がいるんだ」  豊は思い切って口にした。  自分でも驚いていたが、思いを打ち明けてくれた陽子に正直に伝えなければならないような気がしたのだ。 「そうなんだ……そうだよね。誰か訊いてもいい?」  陽子が遠慮がちに訊ねてきた。 「……真理亜ちゃん」   誰かに真理亜のことを好きだと打ち明けるのは初めてのことだった。 「え……三組の永嶋真理亜ちゃん?」   陽子が驚いたように真理亜のフルネームを口にした。 「うん」 「言いづらいんだけど……永嶋さんは五組の佐野君とつき合ってるって噂だよ」 「知ってるよ」  豊は胸の痛みを感じながら頷いた。 「それなのに、好きなの?」 「うん」  豊は迷わずに言った。 「永嶋さんは佐野君が好きで、竹井君のことを好きじゃないんだよ」  陽子が驚いた顔で言った。 「わかってる」  豊の胸の痛みが増した。 「永嶋さんは私と違ってかわいくて頭もよくて人気もあるけど……」  陽子が言葉を切り、思い詰めた顔で豊をみつめた。 「え……?」 「竹井君のことを好きな気持ちは負けない……絶対に負けない」  陽子が強い光を宿した瞳で、豊をみつめながら繰り返した。 「あ、ありがとう……」  圧倒された豊は、それだけを口にするのが精一杯だった。 「永嶋さんを好きだと、竹井君は苦しむよ。片想いは苦しいよ……私には、よくわかる」  陽子の言葉が、豊の胸に深くしみ込んだ。  訳もなく、涙が溢れ出そうになった。 「でも、私なら竹井君を一杯好きだから……」  陽子の顔は、真っ赤になっていた。 「本当に……ありがとう」  豊は、それだけしか言えなかった。  陽子の気持ちは、痛いほどに伝わってきた。 「じゃあ、私と……」 「ごめん」  勇気を出して、豊は陽子の言葉を遮った。  最後まで、言わせたくなかった。  陽子に豊の苦しさがわかるように、豊にも陽子の苦しさがわかるからこそ言わせたくなかった。  そして、自分が陽子の気持ちに応えることができないのをわかっているから……。 「やっぱり、永嶋さんのことを?」  涙を溜めた瞳で訊ねてくる陽子に、豊は頷いた。 「竹井君は馬鹿だよ」  陽子が涙声で言った。  腹は立たなかった。  自分でも、そう思う。  振り向いてくれずにほかの男子と交際する女性を想い続ける馬鹿な男……。 「でも、そんな馬鹿な竹井君のことが大好き」 「陽子ちゃん、僕は……」 「わかってる。竹井君と同じだよ。私が片想いするのは自由でしょ?」  陽子が泣き笑いの表情で言った。  豊の胸は押し潰されそうになった。  その感情が陽子の豊にたいする想いからくるものなのか、豊の真理亜にたいする想いからくるものなのか……または両方からくるものなのかはわからなかった。  一つだけわかっているのは、どんなに苦しくても自分の真理亜への気持ちは変わらないということだ。  真理亜がいなくなった世界は、豊の心がもっと苦しくなると知っているから……。 「うん」  豊も無理に作った笑顔で頷いて見せた。    小説家、実業家、映画監督。1998年に『血塗られた神話』で第7回メフィスト賞を受賞し、デビュー。“黒新堂”と呼ばれる暗黒小説から“白新堂”と呼ばれる純愛小説まで幅広い作風が特徴。『無間地獄』『カリスマ』『悪の華』『忘れ雪』『虹の橋からきた犬』『そのヘビ、ただのヒモかもよ!』『シン人間失格』など、著書多数。芸能プロダクションも経営し、その活動は多岐にわたる。