井上尚弥を最速世界王者に導いた“ニュータイプ親子鷹”
真っすぐに生きる。」が発売中
4月6日、都内の大田区総合体育館で行われたボクシングWBC世界ライトフライ級タイトルマッチで、挑戦者の井上尚弥(20=大橋)が王者アドリアン・エルナンデス(28=メキシコ)を6回2分54秒TKOで破り、新王者となった。
プロ6戦目での世界王座奪取は、日本史上最短記録で、会場は大興奮。リング上で担ぎ上げられていたのは、井上本人だけでなく、二人三脚でこのときを目指してきた父の姿もあった。
ボクサー・井上尚弥とトレーナーの井上真吾氏は正真正銘の親子。一般的な師弟よりもはるかに多くの時間を要し、ゆるぎない血縁で意志の疎通を取って来た。食事の時間も、母や姉、弟を交えてボクシング論を語り合い「父の理論に基づいて息子が直感を活かす」という独自のスタイルを確立。高校時代から数々の快挙を成し遂げてきた。
今回、百戦錬磨の名王者を相手に、日本新記録へ挑戦する前でも、息子の“マインドコントロール”はお手の物だった。
「ナオ(尚弥)、明日は判定勝ちでいくぞ」
前夜の家族会議で真吾氏がそう告げた。井上家のこだわりは圧倒的な実力差で倒すこと。それを覆したことには意図があった。
今回の会場はおそらく異様なムードに包まれる。そんななか、息子が舞い上がって、過去にない力みかたをする可能性をふまえたのだ。
「とは言っても、ナオは倒しに行かなきゃいけないところでは、直感的に前に出るはずなんです。最後は息子のファイターとしての資質を信じることにしました」
迎えた大一番、1、2ラウンドを終えて、圧倒的に優勢だったのは井上だった。それでも父の指示にしたがって井上は、慎重にフットワークを刻んでいく。
第4ラウンド、スロースターターの王者がしかけてきたことも予想通りだった。
しかし、予想だにしないアクシデントがあった。井上左足が突然、痙攣を起こし始めたのだ。
「足が死んでる!」
インターバル中、セコンドでそう打ち明けた井上に、これまで多く世界戦でセコンドに就いてきた大橋秀行会長も、かけるアドバイスを失う。
ところが、その横から父が即答で檄を飛ばした。
「ナオ、気合いだ!気合いしか今の作戦はない!」
井上が足を止め、獰猛なメキシカンと打ち合った末の第6ラウンド、井上の強烈な右の一打で、王者がキャンバスに沈み、試合が終わった。ニューヒーロー誕生の瞬間だった。
勝利者インタビューをするアナウンサーが、リング上から「お父さんに何かひとこと」とリクエストしたが、井上はまず、会長ら、ほかのサポーターたちにお礼を言ってから、父に「ありがとう!」と言った。
そんな礼儀は、父・真吾氏がボクシングを通じ、息子の教育を行ってきた集大成になったのかも知れない。 <取材・文・撮影/善理俊哉>
※井上尚弥選手が世界チャンピオンの座をつかむまでのボクシングストーリーと、チャンピオンに育て上げた父・真吾氏の子育て論を綴った往復書簡「
『真っすぐに生きる。』 スタートラインは世界チャンピオン |
ハッシュタグ