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PROFILE

森巣博
森巣博
1948年日本生まれ。雑誌編集者を経て、70年代よりロンドンのカジノでゲーム賭博を生業とする。自称「兼業作家」。『無境界の人』『越境者たち』『非国民』『二度と戻らぬ』『賭けるゆえに我あり』など、著書多数。

第6章:振り向けば、ジャンケット(28)

 5階ジャンケット・フロアのセキュリティ・ゲートをくぐると、奥の勝負卓にすでに百田(ももた)が座っているのを、都関良平(とぜき・りょうへい)の眼は確認した。

 百田の背後には、優子が立っている。

「うわあっ」

 フロアに入れば、横田が連れてきた美々(みみ)という名の少女が、驚きの声をあげた。

 バカラ卓ばかり四十数台がオープンしている。

 平日の午後だというのに、しかもいくつかのテーブルには、立ち張りの客が二重の垣をつくっていた。

 あれは間違いなくツラ(一方の目の連勝)が起きている卓である。

 ラスヴェガスの常連客だってマカオのこれを見れば驚いてしまうのだろうが、おそらくカジノ経験がない少女なら卒倒しかねない光景だったのだろう。

「まずデポジットを済ませておきましょう」

 良平は横田に言った。

 勝負卓で百田とかちあう前に、カネの処理だけはしておきたい。

 広域指定暴力団二次団体の理事長とその連れの少女を、天馬會のケイジ(=会計部につながったキャッシャー)の前に導いた。

 横田がバッグから取り出したのは、輪ゴムで100万円ずつまとめられた一万円紙幣の束(ズク)である。これがさらにやくざ独特のまとめ方で1個1000万円(レンガ)となったものが3個だった。

 平均すれば横田はこれまで5000万円前後のデポジットだったから、かなり減っている。

 もっとも、バッグの中にはもっと入っているのかもしれないが。

 2012年10月、『暴力団新法』改正法が施行されてから、日本全国のやくざのシノギは厳しくなっていた。

 これはとりわけ関西の組織に顕著な傾向で、すでに合法ないしはグレイ・ゾーンの「正業」に「稼業」の重心を移していた関東やくざには、影響がそれほど深刻ではなかった、と聞いている。

 やくざの看板は出さないだけで、やっていることは同じだ。

 新たなシノギのネタが、どんどんと登場した。

 除染だとか介護あるいは貧困対策など、政府が怪しげな業界にじゃぶじゃぶとカネを流してくれるのだから。

 世にシノギのタネは尽きまじ。

「すぐにお打ちになりますか?」

 良平は横田に訊いた。

「一度お部屋に入って、リフレッシュしたい」

 と、横田の代わりに美々が答えた。

 リフレッシュ? この少女は英語圏での留学経験があるのだろうか。

「俺は、ご機嫌伺いにちょっとカードに触ってくる」

 と横田。

「では」

 良平が優子を携帯で呼び出した。

 百田が打っているバカラ卓からは、十数メートルしか離れていないのだけれど、そこいらへんは、良平のいつもの判断だった。

「お嬢さまをお部屋にお連れして」

 優子に命じると、さて厄介な部分である。

 横田を『天馬會』のテーブルに案内した。

「おう、やっとる、やっとる」

 博奕に集中する百田の背中を見つけた横田が、にやりと笑った。

「いわしちゃろ」

 と広域指定暴力団二次団体の理事長。

 もちろんバカラ勝負で「いわせる」のだろう、と都関良平は祈った。(つづく)

※次回の更新は2/21(木)です

第6章:振り向けば、ジャンケット(27)

 九州で、2006年から7年間ほどつづいた大きな抗争があった。

 使用された武器は、日本刀や拳銃はもちろんのこと、手りゅう弾や自動小銃、バズーカ砲まで登場し、両団体とも一歩も引かないきわめて熾烈かつ残虐な抗争だった。

 わかっているだけで、死者14名。

 地下社会の噂話では、山に埋められたり海に沈められたりで、もっともっと死人が出たらしい。

 2012年だったから、一時収まりかけたその抗争が、再燃した年である。それも、以前より激しく。

 その年の秋、両団体の幹部が良平のジャンケット・テーブルでたまたま鉢合わせしてしまった。

 もちろん、そんな組み合わせは、良平が意図したものではない。同時期にジャンケットの申し込みがあれば、自分の客であるのなら、一方にご遠慮願う。業界での経験が長いジャンケット業者は、そこいらへんを心得ていた。

 ところがこの時は、他のハウスで打っていた片方の幹部が、目が出なかったのか、良平のハウスの5Fに流れてきたのである。

 抗争中の組幹部と同じテーブルだった。

 良平は生きた心地がしないほど、はらはらした。

 両団体では、傘下の者たちが凄惨な殺し合いをしているさなかだ。

 いくらなんでも、カジノのゲーミング・フロアでの流血事件はなかろう。

 そうは思うのだが、万が一ということもある。

 日本の暴力団の抗争事件がこのハウスのバカラ卓で起きたりしたら、良平のジャンケット・ライセンスは確実に没収されてしまうことだろう。

 良平は、フロア・セキュリティに依頼して、屈強な者3名で、このテーブルを常時注視させた。もちろん、良平もテーブルの背後に立ちっぱなしである。

 不思議も不思議。

 二人とも、互いの顔を見ないのである。ディーラーの指先と、カードだけを見詰めていた。

 話し掛けることも一切しない。

 ベットするサイドも張り合わないのである。同一方向にほぼ同一のベット額で賭けていく。

 それだけではなくて、顔を見ないながらも二人仲良く、

「テンガァー」」

 とか、

「チョイヤァー」

 とか、一緒に気合いを入れていた。

 はらはらしながら見守っていた良平は、安堵する。

 どうやら、博奕場では抗争を忘れるのが斯界の仁義か。

 それとも、あたかも互いを存在しないように振る舞うのが不文律なのだろうか。

 どちらにせよ、良平は助かった、と思った。

 二人とも、盆ヅラ(=勝負卓でのマナー)がよかった。そしてこの時は、大勝して帰ってくれた。

 もっともこれは、九州の突破者同士の話である。

 良平の経験では、関東のやくざは、もっとねちっこい連中が多かった。

 娑婆の軋轢を、勝負卓に引きずる。あるいは、渡世のしがらみを、張り取りに持ち込む。博奕場で怨恨を晴らす。

「百田さんと過去にどんな事情があったにせよ、フロアでのトラブルだけは勘弁してください」

 友誼大橋を渡る車の中で、都関良平は広域指定暴力団二次団体の理事長に釘を刺した。

「わかってるよ。俺はお嬢連れで博奕を楽しみに来てるんだ。勝負卓でトラブルなんて粗相はしない。それにあんなところでトラブルを起こしたら、セキュリティにボコられても、文句が言えんしな」

 横田が苦笑しながら応じた。

 大橋を渡れば、もうそこから3分で良平のハウスである。(つづく)

⇒続きはこちら 第6章:振り向けば、ジャンケット(28)

第6章:振り向けば、ジャンケット(26)

 翌日の昼過ぎに、都関良平はマカオ・フェリー・ターミナルに向かった。

 港珠澳大橋は10月23日に開通する予定だったから、この頃は日本からだと、空路で直接マカオ空港に着くか、香港からフェリーで来る客が多かった。たまに大陸経由で、珠海(ジュハイ)から關閘を歩いて渡る者もいる。

 優子からの連絡によれば、宮前たちはまだ誰も5Fのジャンケット・フロアに降りてきていないそうである。

 不貞腐れて、まだ眠っているのだろう。

「ご無沙汰いたしました、横田理事長」

 イミグレから出てきた関東の広域指定暴力団二次団体の若頭に、良平は頭を下げた。

「おう、また世話になる。こいつは美々(みみ)。よろしく頼む」

 まだ大学生といったところか。痩身の美女だった。

 ミニスカートから、すらりと長い脚が伸びている。

 おそらくシロウト。化粧もナチュラル、おミズの匂いはない。

 どうして40代後半のやくざに、この手の少女が魅かれるのだろう。

 カネという問題だけではないのじゃなかろうか。

 やくざの大物客を世話するたびに、良平が感じる疑問である。

 リモに乗り込むと、横田が早速訊いた。

「日本からの打ち手は来てるの?」

 やはりそれが気になるのだろう。

 他団体だったらなんとか凌げるかもしれないが、自分のところの上部団体の執行部とでも同席になったなら、厄介だものな。

「今週末には4組ほど予約がありますが、いま居るのは3人だけです。残念なことに、その方たちもじきに手仕舞いといったところかもしれません」

 と良平。

「やられてるのかよ、だらしねーな。俺が知ってる人たちか」

 横田はかなり頻繁なリピーターなので、このハウスで顔見知りとなった日本からの打ち手たちは多かろう。

 おまけに、良平のカジノだけではなくて、世界中の大手ハウスのVIPフロアで打つ者たちは、きわめて狭い世界を構成してしまう。それでどうしても知り合いが多くなるのだった。

「いえ、多分ご存じない方たちだと思いますよ。宮前さん・・・」

「知らん」

「それから、小田山さんと百田(ももた)さん」

「小田山は聞いたことがないが、百田はどこのだ?」

「広告業界だと伺っています」

「えっ? あの金貸しか?」

「昔は金融業をやっていたようですが、現在は広告会社を経営している、と聞いております」

「なに言ってんだよ。広告屋の看板を掛けてるかもしれないけれど、ばりばりの金貸しだ。うちとバッティングして、揉めたことがあった。I会系の二次団体の枝だろ。市ヶ谷あたりに事務所を構えてたはずだ」

「そういえば、市ヶ谷でしたね」

 ジャンケットで打ち始める前にサインしてもらったプログラムの契約書に書かれたアドレスを思い出す。

「うちの若いもんが市ヶ谷に攫(さら)われたことがあった。あんときゃ、武装待機の指令が出たもんだ。東京じゃ道具を使ったドンパチは、上部団体同士の取り決めでご法度だから、抗争はなんとか避けられたんだが、一触即発の状態だったことは確かだ」

 ぎゃあっ!

 横田の言葉に、一瞬良平の頭の中を寒い風が吹き抜けた。

 まさか、マカオのジャンケット・フロアの勝負卓で、トラブルを起こすのじゃないよな。(つづく)

⇒続きはこちら 第6章:振り向けば、ジャンケット(27)

第6章:振り向けば、ジャンケット(25)

「残念ながら、『三店方式』でカネを処理する可能性も否定できない、ということです」  受話器の向こう側で、リゾートJJ社の高垣がため息をついてから、つづけた。 「OBの再就職先やあまたの財団法人関連で警察とのつながりが深い […]

第6章:振り向けば、ジャンケット(24)

「物珍しさもあることだろうから、初期には大手カジノ事業者がもつプレミアム・プレイヤーのリストでVIPフロアが埋まるかもしれない。だけど、そんなのはすぐに枯れてしまいます。MGMマカオの件を覚えていますか? 開業時は、ジャ […]

第6章:振り向けば、ジャンケット(23)

「どうですか、決めてくれましたか? 年内までにだいたいの人事を整え、そういう名前にはならないかもしれませんが、新年からはジャンケット部門を発足させたいのですよ」  と電話の向こうで高垣が言った。  リゾートJJというのは […]

第6章:振り向けば、ジャンケット(22)

 都関良平(とぜきりょうへい)は、自分が仮眠する部屋の手配をした。  再び5Fに呼び戻される前に、すこしでも睡眠をとっておきたい。  オフィスには、横になれる長椅子もあったが、なによりシャワーを浴びたかった。手間が掛かる […]

第6章:振り向けば、ジャンケット(21)

 上海東鼎投資グループ会長・邵東明(シャオ・ドンミン)の10億人民元(170億円)、および中国のスマホメーカー・金立(ジオ二―)の創業者による100億人民元(1700億円)といったキリのいい数字で負けが確定するのは、ジャ […]

第6章:振り向けば、ジャンケット(20)

 都関良平がオフィスに戻ると、優子はすでに居なかった。  今日は戻れない、とのテキスト・メッセージをリリーの携帯に入れる。  宮前と百田が、本日の勝負での敗北を認め、部屋に引き揚げるまで良平はオフィスで待機していなければ […]

第6章:振り向けば、ジャンケット(19)

「オーストラリアのハウスの話なのですが、『客がネクタイを締めスーツを着込んでいたら、裁判所帰りだと思え。職員が高級車とかクルーザーを買ったら、不正を疑う』と新人教育のときに教えられるそうです。もちろん、疑われて調査される […]