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PROFILE

森巣博
森巣博
1948年日本生まれ。雑誌編集者を経て、70年代よりロンドンのカジノでゲーム賭博を生業とする。自称「兼業作家」。『無境界の人』『越境者たち』『非国民』『二度と戻らぬ』『賭けるゆえに我あり』など、著書多数。

第6章:振り向けば、ジャンケット(7)

「現金の申告はしてきたのかな」

 日本出国の際には100万円から、マカオ入国の際には12万HKD(=180万円)から、カスタムでの申告が必要だった。

「日本出国の際は、いつものように無申告だったそうです。まず検査されないし、見つかっても、『次からお願いします』と言われるだけなんですって。マカオでは申告の必要なんかないだろう、って」

 たしかにマカオでは、現金持ち込みに申告の義務はなかった。

 おそらく北京政府の「反腐敗政策」の一環だったのだろうが、その規則がかわったのが、昨年(2017年)である。

 それまでは、キャリーケースを人民元で満杯にした「田舎のおっさん・おばちゃん」風の者が、よくカジノに現れたものだ。おそらく開発で都市近郊の耕作権をデヴェロッパーに売っ払った農家の人たちだったのだろう、と良平は推察する。

 昨年11月に規則が変わってからも、マカオでは、税関も慣れないゆえか、現金持ち込みの申告をしようとすると、かえって職員たちに面倒がれたりした。

「今回は、『天馬會』でいいのですね?」

 優子が訊いた。

「他にしたいの」

「いえ、わたしはシステムがよく呑み込めていないので、社長が決めてください」

「社長じゃない、って」

「すいません。良平さんが決めてください」

 都関良平は、マカオでの就労ヴィザの必要上、カジノを監督する澳門博彩監察協調局からジャンケット業者としてのライセンスを得ていた。

 しかし「三宝商会」は、良平と優子二人だけの、実質的な「個人営業」のジャンケット業者である。カジノのフロアに自前のケイジ(会計部につながるキャッシャー)をもっているわけではなかった。

 では、どうやって「ローリング」の管理や、コミッションの精算をおこなうのか?

 簡単なのである。

 ケイジをもつ大手ジャンケット業者の口座を借りるのだ。

 マカオでは、このケイジをもつ大手ジャンケット業者のことを、通称「部屋持ち」と呼んでいる。

 そして「部屋持ち」たちは、その名のとおり、普通は大手カジノでは専用の小部屋に分かれているのだが、このハウスの設定は独特で、「部屋持ち」業者数社が5Fの大部屋に同居していた。

 マカオで大手カジノハウスと「部屋持ち」ジャンケット業者との契約は一律ではない。

 その力関係によって、契約内容も変わった。

 たとえば業界最大手の「太陽城集団」などは、「売り上げ」折半の契約(正確には、ハウス55%:業者45%)となることが多いのだが、必ずしもそれが他業者との契約におけるスタンダードとはならない。

 カジノ業界での「売り上げ」とは、ドロップ(=バイイン)・マイナス・ペイアウト、つまり「粗利」を指す。

「じゃ、天馬會でいこう。今月はまだここを使っていないので、付き合いもあることだし」

 良平が決めた。

「ありがたいです。天馬會にはジャッキーくんが居ます。マカオに着いたばかりで、右も左もわからなかった時、彼がいろいろと助けてくれました。親切なだけじゃなくて、北京語も上手だし」

 優子が安堵の表情を見せる。

 マカオには、広東語と北京語のバイリンガルな人たちが多い。

 それだけではなくて、学校教育がしっかりしているからなのだろうが、若者たちが相手なら、英語でのコミュニケーションもできた。

(つづく)

※次回の更新は9/27(木)です

第6章:振り向けば、ジャンケット(6)

 ホテルのレセプションは、その最上階の38Fにあった。半島側、そしてコタイ・タイパの街並みが見降ろせる。

 宿泊客は最上階でチェックインをおこない、階下の客室に案内された。

 全室スイートで、どの部屋からも海を越して半島側が臨める6スター格付けの「頂級」ホテルである。

 宿泊部屋は216室しかないのだから、マカオではホテルの規模としては、それほど大きいものではなかった。しかし『フォーブス』誌のホテル・アワードには数年連続で選ばれている。

 じつは、このホテルの宿泊予約は難しい。

 なぜなら、客室の80%以上は、年間を通し常時ジャンケット業者に押さえられているからだった。

 都関良平が總経理(=社長)を務める「三宝商会」のオフィスは、ホテルの30Fに位置する。

 このホテルのグラウンド・フロア(マカオではヨーロッパ流の数え方をする)にあるカジノの「ざら場(=一般フロア)」には、狭っ苦しいスロット・コーナーと、バカラ卓が十数台ほどあるだけだった。

 だから事情を知らない客たちは、なんだしょぼいハウスだ、と思ってしまう。

 ところがそれは、大間違い。

 カジノ・コンセッション(=ライセンス)の関係で、まるで邪魔者のように「ざら場」が置かれているだけで、このホテルの客の大半は、プレミアムかジャンケットのいわゆる「VIPフロア」でバカラの札を引いた。つまり、大口の打ち手に客層を絞り込んだハウスである。

 ついでだがこのホテルは、そのヴィラに、朝鮮民主主義人民共和国・金正恩委員長の兄で、クアラルンプールの空港で暗殺された金正男が一時住んでいたことでも有名だ。

 優子からの連絡が携帯に入り、都関良平は5Fに降りた。

 5Fは、ジャンケット業者が共有で使う、広大なフロアとなっている。バカラ卓だけだが、四十数台はあるのだろうか。

 通常、大手ハウスにあるジャンケットというのは、業者ごとの小部屋に分かれているものだ。しかしこのハウスのジャンケット配置は独特だった。

 最大手の2業者にはそれぞれ独立したジャンケット・ルームが割り当てられてあった。だがこのハウスでは、「大手でも中」以下の業者は、5Fの大部屋が、その仕事場となる。

 ひとフロアに、常時4社から5社のジャンケット業者が入っていた。

 良平が聞いたところでは、業者間のバッティングや客の取り合いで、水面下ではいざこざが絶えないらしい。

 優子はデパートの紙袋を下げ、「天馬會」のケイジ(=会計部につながるキャッシャー)の前で待っていた。

「ごくろうさん。宮前さんたちはどこ」

「いま、お部屋に入っています。すぐに降りてくると言っていました」

「で、フロント・マネーは?」

 優子が紙袋を持ち上げた。

 かなり重たそうである。

「いくら?」

「4500万円です。だから一人100万HKDずつのデポジットとなりますね。それを、ほらって、デパートの紙袋に入れて渡されたので、びっくりしちゃいました」

 良平は苦笑いした。

 デパート紙袋には、じつは銀行の帯封がついた新札の1万円紙幣なら2億5000万円までなら入る。

 その昔、一人の打ち手から、2億5000万円が入ったデパートの紙袋をふたつ渡されたことが良平にはあった。

(つづく)

⇒続きはこちら 第6章:振り向けば、ジャンケット(7)

第6章:振り向けば、ジャンケット(5)

 都関良平(とぜきりょうへい)が代表取締役社長を務める会社の名は、『三宝(サムポウ)商会』という。

 マカオの商法に「一人有限公司」という制度があり、株主が一人だけでも、10万パタカ(約140万円)の資本金を当局に示せば、すぐに法人が設立できた。法人登記は、口座への送受金の必要があってしただけで、『三宝商会』がやっていることは、昔も今もまるで「個人営業」だった。

「宮前さんは外港に着くの、それともコタイ?」

「金光飛航ですから、コタイ側ですね」

「あの人なら慣れているから、アテンドはそう難しくない。優子さんにはいい勉強になるだろう。連れはいるの?」

「お連れが二人だそうです。おなじ業界の方だ、とうかがいました。まだわからないことが多いので、そういう際にはアシストをお願いします」

「もちろんだ」

 ここ30年近く日本の経済成長はぴたりと止まっていても、良平には日本の業界ごとの浮き沈みが、ジャンケットを申し込む客層で、手に取るようにわかった。

 良平がマカオに着いた1999年末、ジャンケットの客はゼネコンと土建屋と金融屋とパチンコ業界の関係者がほとんどだった。森喜朗首相がコケて小泉純一郎に代わると、じょじょに土建屋の客数が減っていった。公共事業の「見直し」がおこなわれたからだった。

 土建屋の代わりにマカオのジャンケット・ルームによく現れるようになったのが、貧困ビジネスと特殊詐欺の連中である。

 いずれにせよ、ロクなもんじゃない。

 しかし、どのように暗い過去をもつカネであろうとも、良平にとっては、それがジャンケット・ルームで回ってくれればいいのである。処女のごとく綺麗なおカネにして、戻して差し上げるのが、良平のビジネスの一部だった。

 東日本大震災以降、マカオのジャンケット・ルームで一番盛り上がっているのは、じつは『復興業界』である。死にかけていたゼネコンと土建屋が、盛大に息を吹き返した。

 それはそうであろう。たとえば福島の「復興」なら、六次下請けとか七次下請けの会社までつくって、どんどんと税金と東電のカネを中抜きするのだから、札束が噴水のように湧いて出た。

 おまけにオリンピックである。

 これで、福島の「復興」予算もうなぎ上りに上昇した。

 2010年代に入ると、永田町と霞が関の住人が、ちょくちょく現れるようになっている。これは、2013年になって『特定複合観光施設地域の整備の推進に関する法律案(通称、IR法案、カジノ法案)』が、初めて国会に上程されたこととも無関係ではあるまい、と良平は邪推する。

 スポンサーは誰なのか不明ながら、政治家や高級官僚たちが、マカオの大手ハウスのジャンケット・ルームで博奕(ばくち)に興じていた。

「それじゃ、わたしは行ってきます。車を使いますので」

「お願いします。ところで宮前さんの送金は確認済みなのね?」

「現金で持ってくる、とメールにありました」

「じゃ、フロント・マネーは不明か。現金って、重いんだよな。でもあの人には実績があるから、大丈夫だろう」

 優子が、すこしだけ芳(かぐわ)しい香りを残し、オフィスを去った。

 彼女には、まだ客にあてがう女の世話はできないだろう、と良平は思う。

 ならば、良平が自分でやらなくてはならない。(つづく)

⇒続きはこちら 第6章:振り向けば、ジャンケット(6)

第6章:振り向けば、ジャンケット(4)

 強い南風が吹いていた。  都関良平(とぜきりょうへい)は、そのホテルの30階にあるオフィスの大窓から、久しぶりにからりと晴れ上がった半島側を眺めている。  スモッグは吹き飛ばされたのか。  今日も外は暑そうだった。   […]

第6章:振り向けば、ジャンケット(3)

 1999年11月、尹国駒はコロアン地区の路環監獄に収監された。同年12月20日、マカオの行政権は北京政府に返還される。  北京政府によって「行政特別区」に指定され「一国二制度」の行政システムとなったといえども、北京政府 […]

第6章:振り向けば、ジャンケット(2)

 日本での山口組=本田会の代理戦争の様相を呈した「仁義なき戦い」広島戦争は、死者17名・負傷者26名を数えた大抗争だった。  しかし、『マカオ戦争』における死者・負傷者の数はそんなものでは済まなかった。この抗争での死者数 […]

第6章:振り向けば、ジャンケット(1)

 20世紀末から21世紀初頭にかけて、地下社会で『マカオ戦争』と呼ばれるものがあった。  それが始まったのは、香港の行政権がイギリス政府によって北京政府に返還された1997年のころであり、マカオの行政権がポルトガル政府に […]

番外編その5:知られざるジャンケット(9)

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番外編その5:知られざるジャンケット(7)

「フツ―の『切り取り』って、足代として2割くらいしか出ないんだが、博奕(ばくち)の借金の場合はスジの悪い奴らが多いから、割りはよくなる。返したがらない連中、多いでしょ。相手が同業者のときもある。いまの六代目山口組の司忍親 […]