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PROFILE

森巣博
森巣博
1948年日本生まれ。雑誌編集者を経て、70年代よりロンドンのカジノでゲーム賭博を生業とする。自称「兼業作家」。『無境界の人』『越境者たち』『非国民』『二度と戻らぬ』『賭けるゆえに我あり』など、著書多数。

第6章第3部:振り向けば、ジャンケット(9)

 それ俺がお前んとこに貸してるカネだぞ、ごちゃごちゃ言うなや。そら出せ、いま出せ。全額出せ。

 と、窓口で怒鳴ってみたくなるものだが、これすべて、「マネロン天国」だった日本の過去の負の遺産のせいだ。

 おまけにこの年の秋には、日本の金融機関に国際機関FATF(Financial Action Task Force)の再審査がおこなわれる予定である。

 2008年の審査でつけられた「最低評価」から、なんとか名誉を回復しなければならない。

 それでメガバンクの大店から離島の郵便局まで、日本中の金融機関は極度に神経質となっているのである。

 参加者に穴が開けば、その分の費用は『三宝商会』が被らなければならなかった。

 1500万円は大きい。

 おそらくこのバカラ大会をやって得られるコミッションと同額程度となってしまうのだろう。

 ならば、わざわざバカラ大会を主催する意味などない。

 しばらく考えてから、

「あれ以来、カジノに打ち手として行ったことあるの?」

 と、良平は優子に訊いた。

「いえ、ジャッキーくんに誘われても、怖くて行けませんよ」

 と、優子が白く健康な歯を見せながら、笑った。

「じゃ、優子さんが大会参加者になってくれないかね」

「えっ?」

「どうせうちからは100万HKDを持ち出さなければいけないのなら、すこしでも回収の可能性を残しておきたい。ビギナーズ・ラックでの大勝利以降、負けちゃっていたなら、お願いする気はなかった。でも、あれからやっていないのなら、ビギナーズ・ラックはまだ継続中だ。そう考える」

 まあ、「科学的」な主張ではない。

 しかし、博奕における勝利というものが、そもそも「科学的」ではないのである。 

 打ち手の側は、「科学的」には必ず負ける。

 なぜなら、そういう数学的構造が組み込まれて成立しているのが、カジノで採用されるゲーム賭博なのだから。

「科学的」ではないのだが、だからといって「非科学的」では、もっとない。

 ここが、カジノでおこなわれるゲーム賭博の悩ましい部分だった。

「うちのジャンケット・テーブルで、そこの職員がカードを引く、なんて許されるのですか?」

 優子が目を丸くして尋ねた。

「うちのジャンケット・テーブルだって、ゲーミングはハウスのみの直管轄事項でしょ。現行の法制では没問題(モーマンタイ)だ。まあそれも、本年末からできなくなってしまうのだけれど。Oさんの話は知らないの?」

「ああ、日本のジャンケット経営者ですよね。そういえば、自分のテーブルで、社長自らが札を引いてる、とジャッキーくんから聞きました。なんか可笑しい」

「あれは、ある時テーブルの契約上のローリング総額が未達だったので、自分で打ちだしたんだよ。そういう状態では、通常業者間の回し合いで辻褄を合わせるのだけれど、彼の場合はそれができなかった」

「どうしてですか?」

「言っただろ。中国系の人たちとビジネスするなら、基本は『信』。彼の場合は、どこか中国系の人たちを見下したような態度を取ることが多かった。それで『信』の関係を結べなかったんだろうね。彼は仕方なく、契約のローリング総額に足りるまで、自分で打った。そうして、嵌まっちゃった」

「笑えませんね」

 と優子。

「韓国では大手のジャンケットが身売りしたのも、同様な事情だったそうだ」

「あのK貴賓会ですか?」

「うん」

 と都関良平。(つづく)

※次回の更新は9/19(木)です

第6章第3部:振り向けば、ジャンケット(8)

 大阪で釜本と約束した「三宝商会」主催のバカラ大会は、2月の第三週末に開催されることとなった。

 本当は日本の三連休に合わせたかったのだが、この年は春節とかぶってしまう。

 北京の「反腐敗政策」でマカオへの客足が鈍ったとはいえ、春節ともなればまた別だった。

 どの大手ハウスのVIPフロアでも、「テンガァー」「チョイヤア」の掛け声が盛大に交錯する。

 この時期には日本からの打ち手たちは、テーブルの隅っこでこそこそベットするしかなかった。

 賭ける金額が違うのである。

 大陸からのVIPは、一手に10万HKD(150万円)の大型ビスケットを束ねてベットした。ぶんぶん行く。まるで、明日がないかのように。

 したがって日本からの打ち手たちは、カードに触る(つまり、「絞る」)こともできずに、テーブルの隅っこでおとなしくしているのである。

 それゆえ、春節の休暇期間は避けた。

「三宝商会」主催バカラ大会の参加者は12人限定で、一人100万HKD(1500万円)分のトーナメント・チップを購入してもらう。

 優勝は800万HKD(1億2000万円)、準優勝者には400万HKD(6000万円)の賞金が授与される。

 この賞金体系では、主催者側の取り分はなくなってしまうのだが、それでいいのである。

 参加者たちがトーナメント以外の勝負卓で回すチップ(ローリング)のコミッションで、充分商売となった。

 三位以下の賞金は、ゼロ。

 いや、本当は優勝者の総取りとして、準優勝者にはびた一文出さなくてもよかった。

 博奕のトーナメントで二着とは「負け組のボス」、三着は「ごくろうさん」、以下は同文、となるのだが、それでは客が集まらない。

 12分の1の確率では敬遠されるものが、6分の1の確率と思うと集まってくれた。

 常連客に通知を送ったら、12名の出場枠は、すぐ埋まってしまった。

 ところが、開催直前の金曜日に一人のキャンセルが出た。

 前週末に、韓国の仁川で派手にやられたらしい。

「どうしましょう?」

 と優子が訊く。

 春節を過ぎれば、2月でもマカオは暖かくなりだす。

 オフィスの大窓の外を、白鷺がゆっくりと飛んでいた。

 タイパ島の北側で白鷺を見たのは久しぶりだ、と良平は思う。

「うちの6人掛けテーブルを二台使うのだから、12人の参加者が居ないと困るね。まさか、賞金額を引き下げました、なんてぎりぎりになって通知できないよ。予告通りの賞金とすれば、参加費で穴が開いた部分は、うちの持ち出しとなってしまう」

「ほとんどの常連の方には、メールでお誘いしてみました。でもこれだけ緊急だと、さすがにいらっしゃってくださるお客さんは居ませんでした」

 と、優子がペットボトルの水を口に含んだ。

「そうだろうな。時間がないから、参加費やデポジット用の現金の手当ても難しいだろうし」

 最近の金融機関は、自分で預けたカネを引き出すのにも手間がかかった。

 その用途まで訊いてくる。(つづく)

⇒続きはこちら 第6章第3部:振り向けば、ジャンケット(9)

第6章第3部:振り向けば、ジャンケット(7)

 ――チョンッ!

 とジャッキーの叫び声。

「チョン」というのは、「中(あた)り」を意味する広東語である。

 チャッ・シュウ・パッ、とジャッキーが言ったようなのだが、優子はその意味もわからないまま、テーブルに顔を埋(うず)めたそうだ。

「羞(は)ずかしいけれど、以上です」

 と頬を赤らめたままの優子が、彼女の生涯初のバカラ体験を、都関良平に坦々と報告した。

 きわめて個的な経験だっただろうが、それは、聴いている良平にも、鮮烈で強烈な印象を与えた。

「ビギナーズ・ラックだとしても、250万円相当の勝利とはすごかったな。でも、そこで打ち止められたの?」

 と良平が問う。

「止めました。もっと押そう、千載一遇のチャンス、とジャッキーくんが勧めたのですが、わたしはもうお腹いっぱいでした。あんなことを連続して経験したら、わたしは立ち上がれなくなってしまう。実際、しばらくは椅子から立てずに、立ち上がる時にはジャッキーくんの手助けが必要だったのですから」

 優子が薄く笑った。

「キャッシュ・アウトしたら、16万とちょっとのHKD(=香港ドル)でした。お祝いに、43階に昇って『天巢法國餐廳(ロブション・オ・ドーム=ミシュラン3星のフレンチ・レストラン)』で、お食事しました。バカラ卓で間違って大勝してしまったけれど、そもそもその日はジャッキーくんとのデートだったはずですから」

 と言ってから、

「普通なら数週間前からの予約な必要なお店が、直前の電話一本で席をつくってくれる。ジャンケットのお仕事って、いやなことも多いのですけれど、ああいう部分は、とてもいい」

 と優子が付け足した。

「よく打ち止められたなあ」

 と良平は感心する。

「だって、長い時間打ち続けたら、バカラって必ず負ける。それはうちのお客さんたちを見て理解していましたから」

「それはバカラだけではなくて、すべてそういうことになっている。だって、数学的に計算されそうなるよう出来ているのが、カジノで採用されるゲームなのだから。勝つつもりなら、短期決戦がカジノ賭博の本寸法だ。それを繰り返す。で、繰り返したの。いや、そういう経験をすれば、また行くよね」

 と良平は訊いた。

「最初の体験が強烈過ぎたので、じつはあれからまだ行っていないのです。行きたいのだけれど、怖い。なにか恐ろしいことが起こるような気がして」

 と優子。

「それはわたしの経験との違いだな。わたしの場合は、やはり最初のカジノで3万HKD(45万円)ほど勝利したのだけれど、それから仕事が終われば、自分が仕事場としていないカジノに毎日通ってしまった。もう、20年近くも昔の話だけれど」

 たった45万円分の勝利の経験が、2か月も経たないうちに2000万円を超す借金として残った。

 ジャンケットとして客には銀行のカネを回し、自分は同業のジャンケットからカネを引っ張ってバカラのカードを引く。

 まったくザマはなかった。

 苦い、無残な想い出である。

 でも、この部分は優子には伏せておいた。(つづく)

⇒続きはこちら 第6章第3部:振り向けば、ジャンケット(8)

第6章第3部:振り向けば、ジャンケット(6)

 ――スートゥ(=カードの種類のこと)はスペードだろ。そのサンピンなら、花が向いていないほうの中央にマークが現れたら、そのカードは8だ。バンカー勝利で決まる。出てこないようなら、6か7だから、生き残りを懸けた無残で苦しい […]

第6章第3部:振り向けば、ジャンケット(5)

「息を止めて、バンカー側1枚目のカードを右上隅からゆっくりとめくりました。そこいらへんは、うちのバカラ・テーブルでのお客さんたちのしぐさの見よう見まねですね」  もっとも、縦か横のサイドからカードを起こす日本からの打ち手 […]

第6章第3部:振り向けば、ジャンケット(4)

「で、どうだったの?」  と問う良平。 「5000HKD(7万5000円)のバイ・インで、恐るおそる始めたのですよ」  と涼子がつづける。 「グラリスはヒラ場でも、そんな金額のベットじゃスクイーズ(=カードを絞ること)は […]

第6章第3部:振り向けば、ジャンケット(3)

「それからジャッキーくんに誘われて、ヒラ場でバカラのカードを引いたのです。  いつも大金を失うお客さんたちをジャンケット・ルームで見ていたから、こんな単純なルールのゲームをなんであんなに面白がるのだろうと不思議でしたが、 […]

第6章第3部:振り向けば、ジャンケット(2)

「タチのよくないジャンケットの連中が、無茶な追い込みをかけたことがあった。そのとき取り立てられる側の人間が、某広域指定暴力団の名前を持ち出したから、取り立てる側も対抗上バックの組織名を出した。名前の出し合いになってしまっ […]

第6章第3部:振り向けば、ジャンケット(1)

 年が暮れ、年が明けた。  真冬の空が、からりと晴れあがっている。  オフィスの窓から、西湾大橋と友誼大橋の両方が望めた。  海峡を挟みグランド・リスボアの異様な建物が、半島を睥睨(へいげい)していた。  マカオにおける […]

第6章第2部:振り向けば、ジャンケット(17)

 どちらにせよ、国境を越えるカネの動きにかかわる設定は、都関良平の守備範囲外である。  良平は、制度的に承認というか黙許された仕組みを使って、カネを動かす方の人間なのだから。 「警察庁ないしは霞が関のアタマのいい人たちが […]