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PROFILE

森巣博
森巣博
1948年日本生まれ。雑誌編集者を経て、70年代よりロンドンのカジノでゲーム賭博を生業とする。自称「兼業作家」。『無境界の人』『越境者たち』『非国民』『二度と戻らぬ』『賭けるゆえに我あり』など、著書多数。

第6章:振り向けば、ジャンケット(15)

「それからは、ちいさな上がり下がりがあっても、日本経済は凋落の一途だ。バブル期にため込んだオモテに出しづらいカネをどうやって日本から逃がすのか。それが資産家たちや裏社会の大きな課題となった」

 と都関良平はつづけた。

「で、マカオなのですか?」

 と優子。

「うん、1999年のマカオの行政権返還に絡んで、オモテ権力も巻き込んだ地下社会の大きな抗争があったんだ。『マカオ戦争』と呼ばれている。この過程で日本のジャンケット関係者が、すくなくとも3人、コロアン沖に沈められたという噂だ。カニ漁に使う鉄の籠(かご)に入れ、沈められる。4~5日して引き上げると、骨だけになっているそうだ。人骨は海中に捨て、籠に残ったエビ・シャコ・カニを収穫する。うまくできている」

「いやだあぁ~っ」

 優子がちいさな悲鳴を挙げた。

「それで日本関連のジャンケットは、一斉にマカオから逃げ出した。当時は、ジャンケットを経由するマネロンは、ごくフツ―におこなわれていたわけだ。ところが日本関連の怪しげなカネをマカオでは動かせなくなってしまった。やってくれる人間がいないのだから」

 いつの間にか、大窓の外に夜の帳(とばり)が下りている。

 タイパやコタイの夜空を焦がすほど、ネオンサインが点滅した。

 良平が最初にマカオに着いた頃、ここいらへんは山賊が出てもおかしくないくらいの真っ暗闇だったものだ。

 それがいまでは、夜を知らない。マカオの一人当たりのGDPは、軽く日本の2倍以上となっていた。

 ポルトガルから行政権を返還された北京政府が、「一国二制度」で、マカオにおけるカジノ産業を認可し、なおかつその事業者権をSTDM社の独占ではなく、競争入札の制度に改めたからである。

 法律を一本成立させただけで、マカオは信じられないくらい大きく変貌した。

「仕事のシステムを学ぶのは、それこそ命懸けだったけれど、客の部分では、わたしは恵まれていた。なにしろそれまでのうちの銀行の顧客リストを、そっくりそのまま使えばよかったのだから。おまけにクチコミで他の銀行の顧客までわたしのところに来てくれるようになった。マカオの日本関連のジャンケット業者たちが煙のように消えて、わたしだけがここを仕切れたのだから。この状態が2004年までつづいた」

「2004年になにがあったのですか?」

「マカオ・サンズの開業だよ。これで、日本の業者たちが、安全となったマカオに戻って来た」

 優子には、ここはもうすこし説明を付け加えなければなるまい。

「2002年にカジノ・コンセッション(=ライセンス)の審査が開始されたのだけれど、時を同じくしてマカオの治安はアジア1と言っていいほど回復した。そりゃ、そうだ。『マカオ戦争』の時みたいにドンパチやっていたら、ラスヴェガスの大手カジノ資本はどこも入札に参加しないからね。『マカオを安全で楽しめる都市とする』というのは、地元の地下社会や行政および北京政府だけじゃなくて、アメリカの経済界を含んだ要請だった」

 良平の携帯が鳴った。

 5Fのケイジからである。

「はい、わかりました。すぐに降りていきます」

 良平は広東語で答えると、日本語でつぶやいた。

「呼び出しだって。宮前さんたちは、もう全額溶かしちゃったのかね」

「まさか」

 優子が薄く笑った。(つづく)

※次回の更新は11/22(木)です

第6章:振り向けば、ジャンケット(14)

「わたしがマカオに送り込まれたのは、もう20年近くも昔になる。公式的な辞令ではS銀行の香港支店勤務だ。一応、支店の外為課長の肩書はついていたのだが、主にやらされていたのは、日本ではオモテに出しづらいカネを海外に動かすことだった」

 大窓から広がる海峡を眺めながら、都関良平は説明した。

 マカオ半島側には、すでにネオンサインが輝き始めている。

「大手銀行がそんなことをやるのですか?」

 と優子。

「経済協力開発機構(OECD)のCRS(共通報告基準)なんて、まだ制度としてなかった時代だよ。『マネー・ローンダリング対策における国際協調』はもちろん話題にも上がっていない頃だから、マネロンはやり放題だった。1980年代末の土地バブルで、日本の地下社会に渡ったとされる数兆円は、いったいどこに流れて行ったと思う?」

「そういえば当時、名古屋のある暴力団には、本部地下にある屋内プールをいっぱいにするくらいのキャッシュがあった、と本か雑誌で読んだ記憶があります」

「プールいっぱい分というのは大袈裟だろうけれど、オモテに出せないカネが溢れていたのは事実だ。それを一度海外に持ち出し何回か動かして、出自がトレースできないカネとする。それも銀行業務の一部だった」

「S銀行のような大手でも、そんなことをやっていたのですか?」

「中小も大手も関係ないさ。収益となることには手を染める。怪しげな金融商品を知識のない顧客に売りつけているのは、昔もいまも銀行や保険会社じゃないのかね」

 良平は苦笑した。

「そうですね。確かに銀行にせよ生保にせよお客さんが損するとわかりきった商品を、事情に疎い人たちに売っている」

「わたしが銀行員となって5年目くらいだったか、新入行員がやらされる二店を回る支店配属が終わり本店に戻された頃だ。肝に銘ずるように、と上司に言われたことがある。『一般の人が銀行からカネを取れば、それは詐欺罪や強盗罪で捕まる。しかし銀行が一般の人からカネを取っても、誰も逮捕されない。それは通常の銀行業務なのだから』、とね」

「笑えないお話です」

 と言いながら、優子が笑った。

「土地バブルがパンクしても、日本経済はしばらくその余熱で持ちこたえていた。しかしわたしが本店に戻された1997年になると、北海道拓殖銀行・山一証券と金融界の大所が、つづけてコケた。なにしろ経済界はバブル破綻の処理をなんにもしていないばかりか、歴代の政権も『公的資金』という名に換えた税金をどこどこ企業につぎ込むだけだった。誰もまともにバブル処理をする気なんてなかったんだから」

「なぜですか?」

「じつに簡単な理由だ。本気でバブル処理をしようとしたら、政界にせよ官界にせよ財界にせよ、多くの人が縄付きになってしまった。だから、できない。しない。ほとんどのバブル戦犯たちを、そのまま権力の座に坐らせたままとした」

「なんか、日本の太平洋戦争の敗戦処理と同じみたいですね。責任者のほとんどが罰せられず、以降も実質的に権力を握りつづけてきた」

 その指摘は的確だ、と都関良平は思う。(つづく)

⇒続きはこちら 第6章:振り向けば、ジャンケット(15)

第6章:振り向けば、ジャンケット(13)

「ジャンケットがお客さんに貸し出すおカネの取り立てで、関係ができてしまうのでしょうか?」

 と優子。

 彼女もこの業界を理解し始めているようだ。

「『アシ切り』における切り取り。確かにそれも、理由のひとつだ。あくまで付随的なものだけどね。でももっと本質的な部分でつながりができてしまう」

 優子が首をかしげた。

 眼が大きくて鼻筋が通っている。とても可愛らしい。

 頭も勘もよさそうだが、この業界で生き残るには、それ以外の資質も必要だ。

「この稼業で大切なのは、客だよ。どんな客を握っているのかが、一番重要な部分となる」

「それはわかります。でもそれと裏社会とどんな関係があるのですか?」

「ジャンケットは、どうやって大口のカジノ客を集めると思うの?」

 良平は逆に訊いてみた。

「新聞やテレビに広告を打つわけではないでしょうから、宮前さんみたいに、お客さんがお客さんを連れて来てくれる」

「仲間内でのクチコミ、それは大きい。じゃ、元となる最初の人はどうやって見つけたんだね」

「あっ、そうか」

 しばらく考えてから、優子は答を得たようだ。

「非合法の賭場で、ですね」

「そう、そのとおり。ただしこの業界では『とば』とは言わずに『どば』と読む」

「大口の旦那衆たちをそこで見つけて、海外の合法カジノに好条件で誘う。なるほどそれなら、お客さんに不自由しませんからね。非合法のものでしたら、やっぱり地下社会の人たちが経営しているのでしょうし」

「法律で賭博を禁止したところで、賭場(どば)がなくなるものではない。これは太古の昔からずっとそうだった。違法なものだから、地下社会の連中がシノギのネタにする」

 と良平。

 優子が正面から良平の眼を見詰めて言った。

「最初は冒険心と興味本位で飛び込んだこの仕事でした。いやならすぐに辞めて、東京に戻ればいい、と考えていた。しかしわたしにも、この業界で生きていくかどうかを決めなければならない時がきっと来る、と思います。ですので、大切な質問です。正直に答えてください。良平さんは地下社会の住人なのですか。いや良平さんがカタギだとしても、うちの会社はやくざのフロント企業なのでしょうか?」

 優子の真剣な問いに、良平は思わず吹き出した。

「20年近くも昔のことだけれど、マカオに来る前には、わたしがなにをやっていた、と思う」

「最初に西麻布のクラブでお会いしたときには、身体は大きくていかついけれど、なんか知的な商売、たとえば大学の先生とかマスコミ関係で働いているのじゃないか、と思いました」

「当たらずといえども遠からず、だな。じつはあんまり知的な商売じゃないんだけれど、銀行員をやっていた。それも大手の銀行で、自分でいうのもなんだけれど、エリート・コースを歩んでいた」

「えっ、あのお堅い銀行員」

「銀行員が堅い、なんてのはまるでウソだ。それは、西麻布の経験でわかったのじゃないかね」

「そういえば、そうですね。融資にかかわる接待でお店に連れてこられる銀行員なんて、もうスケベばかりでした。おまけに、自腹を切るわけではないので、厚かましいお客さんが多かった」

「本業の方だって、一歩踏み間違えれば、塀の内側に落ちかねないことをやっている」

 良平は吐息をついた。

 おそらくこの吐息の意味は、優子にはわかるまい。(つづく)

⇒続きはこちら 第6章:振り向けば、ジャンケット(14)

第6章:振り向けば、ジャンケット(12)

 優子がオフィスに戻ってきて、都関良平の回顧は中断された。 「初日は皆さん、ギャンブルしたくてたまらないのですね。夕食はホテル内の中華で済ませるそうです。『帝影樓』のマネージャーに、会計はこちらに回してくれるよう伝えてお […]

第6章:振り向けば、ジャンケット(11)

 仕事を学ぶのにかなりの時間は要したものの、それからしばらくは、日本関連の大口客のジャンケット商売は、半島側でも良平がほとんど一人で切り回していたはずだった。これは自慢していいことだ、と良平は自負している。  2004年 […]

第6章:振り向けば、ジャンケット(10)

 都関良平(とぜきりょうへい)の口から出かかった次の言葉を、しかし百田(ももた)と紹介された男が、眼で遮った。  こういう状態は、カジノのVIPフロアでたまに起こる。  自分のアイデンティティを隠したい者、あるいは周囲に […]

第6章:振り向けば、ジャンケット(9)

「宮前さんたち三人のフロント・マネーは一人1500万円。うちでは平均クラスだろ。それを6回転させると、2億7000万円のローリングとなる。太い打ち手なら、一人で1億円はもってくる。これが何回転もする。うちみたいな『個人営 […]

第6章:振り向けば、ジャンケット(8)

「広東語はこれからだろうけれど、優子さんの北京語は、どれくらい通用しているの?」  大学で中国語を専攻したからといっても、中国語での意思疎通ではまったく使いものにならない日本の若い連中が多いことは、これまでの経験から良平 […]

第6章:振り向けば、ジャンケット(7)

「現金の申告はしてきたのかな」  日本出国の際には100万円から、マカオ入国の際には12万HKD(=180万円)から、カスタムでの申告が必要だった。 「日本出国の際は、いつものように無申告だったそうです。まず検査されない […]

第6章:振り向けば、ジャンケット(6)

 ホテルのレセプションは、その最上階の38Fにあった。半島側、そしてコタイ・タイパの街並みが見降ろせる。  宿泊客は最上階でチェックインをおこない、階下の客室に案内された。  全室スイートで、どの部屋からも海を越して半島 […]