東電女子サッカー部監督「鮫島彩は優しいコ。だから海外を薦めた」
8/9発売の週刊SPA!「消えた東電女子サッカー部の光と影」では、菅野監督のインタビューのほかにも、なでしこを8年間追い続けてきたサッカーライターの江橋よしのり氏やTOKYOMXで女子サッカー番組のプロデューサーを務める草場大輔氏らを取材。ブームの裏にある、女子サッカーの現実に迫った。
取材・文/遠藤修哉(本誌)
「今年は優勝を狙えるチーム」。就任3年目の菅野将晃監督が手塩にかけた女子サッカーチーム「東電マリーゼ」は震災で崩れ去った。その元指揮官が胸の内を語る。
「震災時は宮崎でキャンプ中でした。テレビから流れてくる映像に言葉を失いました。日程の途中まで消化したものの、選手の元気がなくなっていくのを肌で感じました」
選手13人が働く福島第一原発が爆発。職場では可愛がられてきた選手たち、同僚の安否とともに被災地の様子が重くのしかかった。
「現場判断でキャンプを中止。チームを解散しましたが、選手全員が暮らす、双葉町にある寮には帰れなくなりました」
その後チームを取り巻く環境はますます厳しいものに。監督は電話やメールで選手を励まし続けた。
「選手の多くが存続か否かの会社の判断を待ち続けました。しかし、希望は持ちつつも、マリーゼでの活動が困難になっていくのも感じていたと思います。ただ、このまま待っていても選手としてパフォーマンスを維持できなくなる。そう思って鮫島彩などには移籍の選択肢もあることを話しました」
結局、W杯を控えた鮫島はアメリカへの移籍を決める。彼女にも葛藤があったことは確かだ。
「鮫島は優しいコ。国内に移籍したとしてもマリーゼが気になってプレーに集中できないんじゃないかと思って、海外を薦めました」
鮫島を含め4人が東電を退職、移籍。7人が東電の社員のまま移籍を決めたが、問題もあった。
「会社のとある人からは『社員でありながら他のチームでやるのはいかがなものか』と言われる訳です。『関東の配属に変えることによって、なるべくサッカーをする環境を整えてあげたい』と言ってくれる人もいるが、それは少数。私としては社業を全うしてから、余暇としてサッカーをするのは問題ない、と思うのですが……。
菅野監督曰く「移籍をするのはもう一度マリーゼの仲間でサッカーをするため」。そう言って皆チームを移っていく選手たち。女性特有のウェットさは、団結力となってW杯優勝に結びついたと評す。
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