手術の結果を検査[楽しくなければ闘病じゃない:心臓バイパス手術を克服したテレビマンの回想記(第34話)]

切り開いた胸板を留め直すワイヤリング

「切り開いた胸板を留め直すワイヤリングが目立つが、右側の黒っぽく見えるバイパスには血が良く流れていた」

カテーテルが進まない

 退院を視野に入れて、5月9日、手術の結果を確かめるカテーテル検査を受けた。手術から14日目に当る。  太もものいわゆる鼠蹊部から心臓までカテーテルを挿入し、冠動脈の血流を調べる。検査を担当するのは循環器科の伊東先生、王先生等のチームである。  局部麻酔の注射を打たれ、右の太ももからカテーテルが挿入され、順調に心臓に届いた。  右冠動脈の狭窄部分をバイパスする右内胸動脈や、左冠動脈狭窄に関して、脚から採った大伏在静脈で作ったバイパスにはカテーテルがスムーズに届いた。血流に問題はない。ここまでは上首尾だった。  そのあとちょっとした異変が起きた。チーム内の言葉のやりとりに検査の難渋を伺わせる用語が飛び交い始めたのである。 「カテーテルが進まない」 「角度変えてみたら」 「いや、やはりだめだ」 「では太さを変えたらどうかな」  しばらくして、「映像が来ない」「やっぱり無理だ」  正確には覚えていないが、そんな言葉がボクの頭越しに飛び交っていた。別のところにある画像調整室とのやり取りも混じっていた。  今回は太ももの局部麻酔だけなので、頭も意識もしっかりしている。そうしたヤリトリを聞いていて「カテーテルが届かないのは詰まったままなのか」と思ったりした。  20分位そうした状態が続いただろうか。伊東先生が声をかけてきた。 「左の手首から挿入します」と言って手首に麻酔注射をした。  カテーテルはそこから挿入となった。「よしよし」「いいぞ」といった声がして、7~8分もかからないうちに検査終了となった。  後日、王先生に確かめたところ、左内胸動脈をつないだところは急カーブになっており、太ももからのカテーテルが内胸動脈に向けて入って行かないことがあるという。  それほど特別なことではなく、左うでから入れると問題のカーブも緩やかなものになるのでスムーズに入っていくらしい。  いずれにしてもほっとした。

最大の苦痛

しかし、そのあとがつらかった。太ももの出血を止めるために大きな牛乳瓶のような重石を押し付けられ、体を動かしてはいけないという。 その状態で検査後すぐ病室に戻されたが、「数時間そのままで頑張ってください」と言われた。 この時の苦しさは入院中最悪のものだった。窮屈の上に痛い。計算上は夜の10時ころ重石がとれる予定であったが、急患でも入ったのか、重石を取る医師がいなくなってしまった。 結局深夜1時ころ、当直の医師が見えて取り外してくれた。この間対応してくれたのが西川看護婦さんで、気が紛れたことは別に書いた。 翌日、執刀医の儀武先生から検査の写真や動画を使って手術結果の説明があった。家族もご一緒にということで連れ合いが同席した。 写真では切り離された胸骨を結び付け直すリングがやたら目立っていたが、説明の主眼はそれではない。先生は動画を示しながら言った。 「心臓の動きは正常です。脚から持って行った血管にも血はよく流れている」

だから生活習慣病

 動画は白黒だが、血が脈々と流れていることは実感できた。 「回旋枝の方も問題ありません。手術前より安全です。骨の方は2か月くらい経たないとくっつきません。だから不用意な怪我などしないように。知らない他人が入る温泉などは2~3か月ヤメにしておいてください」などと言われた。  連れ合いは狭窄の原因となった石灰化のことを気にしていて、それはどうなったのか質した。  先生は「石灰化はなくなったわけではないし、また、防ぐことができたわけでもない」とした上で「食事と運動に気を付けて、石灰化して詰まることのないような生活習慣を身に付けてください」と念を押した。 こうして14日に退院することができた。 心臓疾患対策は食事と運動、つまり生活習慣の改善が決め手だ。その意味で、典型的な生活習慣病なのである。 協力:東京慈恵会医科大学附属病院 【境政郎(さかい・まさお)】 1940年中国大連生まれ。1964年フジテレビジョン入社。1972~80年、商品レポーターとして番組出演。2001年常務取締役、05年エフシージー総合研究所社長、12年同会長、16年同相談役。著者に『テレビショッピング事始め』(扶桑社)、『水野成夫の時代 社会運動の闘士がフジサンケイグループを創るまで』(日本工業新聞社)、『「肥後もっこす」かく戦えり 電通創業者光永星郎と激動期の外相内田康哉の時代』(日本工業新聞社)。
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