世界文化遺産から読み解く世界史【第67回:歴代ダライ・ラマの住居――ラサのポタラ宮】

ポタラ宮(縮小2)

ラサのポタラ宮

日本とチベットの仏教表現の違い

 チベットのラサにあるポタラ宮は、チベット仏教(ラマ教)の最高権威者である歴代のダライ・ラマの住居でした。宗教的建築物でありながら、いまは完全に中国政府によって支配されています。そのため、ほとんどその宗教的権威はなくなっているといっても過言ではありません。  ポタラ宮とは、「観音菩薩の住むところ」という意味のサンスクリット語「ポータラカ」(「補陀落」または、現在の中国語では「布達羅」と書く)に由来しています。また、「ラサ」という言葉は「神の地」という意味で、まさに聖域、聖地に建てられた大寺院がポタラ宮なのです。その建築面積は13万平方メートル、高さは117メートルもあり、およそ1000もの部屋がつくられています。ところが、いまはダライ・ラマも国外に亡命しておられないということで、非常に形式的なものになっているのです。    チベット仏教の起こりは7世紀頃のことです。ソンツェンガンポ王の時代に、その妃をネパールからティツン、唐から文成公主を迎えたことから、インド仏教と中国仏教の両方が伝えられました。インドと中国の両方から仏教が伝えられたことで、チベット仏教は特異な仏教となったことは確かです。インドはヒンドゥー教の影響が強いわけです。一方、中国の仏教といえば、これも儒教や道教の影響を受けているために、本来の仏教とはちょっと違うわけです。    例えば、歓喜仏という仏像があるのですが、日本の仏教では考えられない性的な場面を一つの涅槃の状態として理想化しているのです。これはヒンドゥー教の影響によるものでしょう。人間の欲望を肯定する、そういう側面があります。  その一方、ラサは標高3650メートルもありますから、夏の一時期は快適に過ごせるものの、それ以外の季節はとても寒い、空気も薄いという過酷な自然があるわけです。そのような自然の中に育った仏教は禁欲的にならざるを得ないのです。  仏像表現はどうなのかというと、非常に通俗的で、高貴さが感じられるものはほとんどありません。中国の仏像よりもさらに通俗的な感じで、わかりやすい仏像が多いのです。チベット仏教ということからイメージされる深みや瞑想性は意外にも少ないのです。  ここでは、僧侶になることが貧しさから抜け出すための一つの手段になっているという側面もあって、僧侶の様子を見ても、非常に形式的な宗教問答をやっており、本来の仏教の出家の姿を体現しているようには感じられません。いずれにせよ、チベットでは仏教が、チベット独特の様相を示していることに違いはありません。  ラサにはポタラ宮のほかに、先ほども触れた二人の王妃によって、チベット仏教の総本山であるジョカン寺とラモチェ寺が建てられています。  ジョカン寺はネパールから来たティツン妃によって建立され、ラモチェ寺は中国から来た文成公主によって建立されたといいます。ジョカン寺の前には、五体投地をする信者が引きも切らず訪れています。  五体投地というのは、チベット仏教の独特な参拝方式です。人々は地面に体を投げ出しています。これは肉体的なものを全面的に釈迦に預けるという感覚で行われているものに違いありません。  日本では瞑想的悟りのような、精神的なものが仏教に求められる面が強いわけですが、チベットの人々は、そうした個々人の悟りよりも、肉体に依拠した即物性を重視していると思われます。それは、チベット仏教が共同宗教的な色彩が強く、個人宗教として受容されてはいないからです。これもその風土と深く関係していると思うのです。  余談になりますが、礼拝方法の違いに着目すると、おもしろいことがわかります。    キリスト教も、初めは両手を挙げていたのが、いつの間にか拝むようになったのは、東洋からの影響だといわれています。もともとアショカ王などによって仏教はヨーロッパに伝えられていました。キリスト教会での鐘を鳴らす儀式も仏教から取り入れられたものと思われます。  あまり語られることはありませんが、イエスの説いたキリスト教は、そこに仏教的な要素を多く取り入れているのです。ですから、個人宗教としてキリスト教と仏教は似ているところがあるのです。愛とか慈悲という要素です。そうなると、当然形式的にも似てくるところはあるわけで、拝む方法も、手を合わせるという共通性が出てくるのです。  チベットでは、仏教が共同宗教として根づいていると考えられます。その礼拝方法は五体投地です。その礼拝方法から連想されるのは、イスラム教徒の礼拝です。どちらも共同宗教ですから、ともに礼拝様式が似て、体を投げ出す形をとっているのです。 (出典/田中英道著『世界文化遺産から読み解く世界史』育鵬社) 【田中英道(たなか・ひでみち)】 東北大学名誉教授。日本国史学会代表。 著書に『日本の歴史 本当は何がすごいのか』『[増補]日本の文化 本当は何がすごいのか』『[増補]世界史の中の日本 本当は何がすごいのか』『日本史5つの法則』『日本の戦争 何が真実なのか』『聖徳太子 本当は何がすごいのか』『日本文化のすごさがわかる日本の美仏50選』『葛飾北斎 本当は何がすごいのか』『日本国史』『日本が世界で輝く時代』(いずれも育鵬社)ほか多数。
日本が世界で輝く時代

世界各国が混迷を深める中、今キラリと輝いているのは、日本の長い歴史と文化である。“いぶし銀"のような実力と価値。新時代のグローバル・スタンダードとしての日本的価値を縦横に論じる。

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