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「39歳っておじさんじゃないですよね?」仕事の合い間に立ち寄った占いで猛反論――小説『まだおじさんじゃない』【第一章・第二話】/鳥トマト

 いつの間に若者ではなくなったのだろう。39歳、年齢的にはおじさんである。でも「おじさん」と呼ばれることに抵抗感を覚えるのはなぜだろう――。出版社で漫画編集者として働く自称“ベテランの若者”の心の惑いを描く連載小説『まだおじさんじゃない』、ここに開幕。『東京最低最悪最高!』が話題の人気漫画家・鳥トマトが小説連載に初挑戦。

第一章(若林信二編)・第二話「子供ができたら大人?」

「若林、信二さん。一九八六年生まれ……ということは、三十九歳になられるということね。はい。じゃあ今日は、何がお悩みなの?」 「最近、変な夢ばっかり見るんです。睡眠不足になりそうで。どう思います?」  俺は後楽園の駅ビルの占いコーナーで知らないおばさんに身の上話をしていた。四方八方をダイソーの百円商品に囲まれたフロアのエレベーター前の一角をパーテーションで区切った狭いスペースだ。  俺は日頃、占いなんか絶対に行かない。今日だってこの後、打ち合わせをする予定の漫画家ヒルビリー真中がLINEで「一時間くらい遅れます」と送ってこなければ、こんな占いなんて受けてない。 「ではこちらのカードをどうぞ」  年齢に似合わないふわふわの金髪の占い師に指輪だらけのシワシワの指でタロットを突き出され、俺は言われるがままにカードを引いた。木から逆さに吊るされた男の絵が描かれている。 「あぁ〜これは大変ですね」  占い師が大仰に言う。占いにはきっと自分の悩みを「大変」だと言ってもらいたい女がいっぱい来るんだろう。だからこの老婆が大袈裟に「大変」さを強調するのも、サービスのうちというわけだ。 「何か不幸なことが最近あったでしょ」  幸せな人間は占いに来ねぇだろ。俺はため息をついて話し始める。 「最近同居してた人が出ていっちゃったんですよ。それで家も散らかりまくってるし、生活も荒れてて、それでも朝起きたら仕事は勝手に始まるし、何から手をつけていいのかわからないんですよ」 「奥様?」 「いや、結婚はしてなかったですね」 「じゃあお子様はいらっしゃらないのね。まあじゃあ、傷は浅いわね」  俺の傷は浅いのか? こんなに傷ついているのに?  「出ていかれた理由に心当たりは?」  占い師が容赦なく聞いてくる。ため息。 「子供が欲しかったそうですよ。今から四十までに妊娠させてくれる男と結婚するらしいです」 「でもあなたはお子さんはそんなに?」  占い師が「私には哀れなあなたの気持ちがわかります」と言わんばかりに俺の顔を下から覗き込んでくる。やめろ。お前に俺の気持ちなんか一生わかるもんか。 「占い屋さんなら、俺に聞かないで占いで当ててくださいよ」  意地悪な喋り方をしてしまい、俺は後悔する。こんなシワシワのババアに意地悪して俺は何がしたいのだろう。自分の惨めさに死にたくなってくる。  占い師は眉間のシワを深めて、 「ではどうして彼女さんが出ていかれてしまったのか、見てみましょう」  と言って、また俺にタロットを差し出してきた。引いたカードを見る。鎌を振りかざした死神。 「あぁ〜これは大変だわ」  さすがにこれは大袈裟ではなく大変そうだ。カードにDeathって書かれてるし。 「あなた、出ていった女性のこと、本当は愛していなかったんじゃない?」  占い師が、出ていった彼女の歩と同じようなことを口走って俺は慄いた。いやいや、愛してなかったら同棲しないでしょうが。 「いやでも、先に家、出ていったのは向こうですよ。結婚したら、子供をつくろうって相談だってかなり具体的にしてましたよ。保育園の入園時期があるから早生まれじゃないほうがいいね、とか一緒に考えたり、育休は交代で取ってほしいとか言われたり。でも、俺は仕事が忙しいから、育児負担を完全に平等にはできないって言ったらもう、それだけでモラハラ扱いで、会話もできないんですよ。そうこうしてるうちに、普通に会話してるだけで、子供の話とキレてる彼女の顔がセットで浮かぶようになって、結婚どころか関係が終わったんです」  占い師がじっとりとした目で睨んでくる。どうして女ってこういう顔をするのだろう。お前には我々の苦しみは何もわかるまい、みたいな。睨んだって何もわからないよ。 「でもそこに愛があったら、男性でも、産休とか、育休も取ろう、っていう気持ちになったかもしれないじゃない? だからあなた、彼女さんのことは一回忘れて、真実の愛を探すべきです」 「真実の愛ィ⁉」  いい大人が生活の問題で苦しんでいるというのにそんな、ディズニー映画みたいなふわふわしたものを探せというのか。これだから女は嫌いなのだ。会話が突然、ふわふわで意味不明になる。 「いや、出てった彼女にも何回も言われましたよ、『もっと私のこと愛してほしい』って。でも、もう俺たち三十九なんですよ。愛とかじゃなくて、現実を見なきゃ。子供産みたいなら、それなりに女側にも頑張ってもらわないと。俺にも仕事の責任とか生活リズムとか積み上げてきた崩したくないものがあるんですよ」  占い師が大きくため息をつく。 「女性はね、子宮のパワーのおかげで、子供を産むと自然と大人になれるのね。だから男性は子宮を敬って、女性を大切にしなくてはならないの」  俺は気が遠くなりそうになった。何を唐突に言い出すのだろう、この老婆は? 「私、子供が今年、大学生なのね。だから、あなたも私から見たら子供みたいなものよ。子供はいたほうがいいわよ?」  占い師の顔に俺への「ナメ」が浮かんだのがわかる。私はあなたよりも人生経験豊富で大人ですが?というナメた表情だ。やめろ。「お母さん」であることで俺にマウントをとってくるな。「お母さん」としてじゃなくて「占い師」として俺に役立つ話をしろよ。 「子供が生まれたら大人になるっていう考えは短絡的じゃないですか? だって子供みたいな親もいるじゃないですか」  占い師が目を細めて嫌そうな顔をする。 「じゃあ、もうあなたはそういう、一生愛のない、未婚でお子さんもいない、寂しいおじさんになる覚悟をお決めになるってことね」  この占い師は何の権利があって俺をこんなに断罪するのだろう。他人のくせに。 「そもそも、三十九って、まだおじさんじゃないですよね?」  俺は開き直って占い師に問いただす。 「子供を『自分の青春に終止符を打たせる道具』みたいに利用するのは逆に無責任じゃないですか? どう思います?」  占い師は時間切れだと言わんばかりに、タロットを回収して片付け始めた。 「やっぱり子供と話してると、産んでよかったって、思いますよ。まあ、最近は子供も『金くれ』しか言わないけどね」  俺は改めて老婆の顔のシワを見る。しっかり六十年は生きていそうな顔だ。 「お子さん育てて、よかった、とか楽しかった、とか思われることって、本当にありました?」  余計なことを口走ってしまい、占い師がタロットを片付ける手が止まった。ギロリと睨まれる。いつもそうだ。俺は口論になった女性に本当のことを言ってしまい、そしてギロリと睨まれる。 「よかったとか、楽しかった、とかじゃあないんですよ」  占い師がパチパチと電卓を弾く。 「やるしかないの人生は。ハイ一万円」  占いコーナーを出ると、担当作家のヒルビリー真中がいつもの真っ白なパーカーとジーンズにツヤツヤした顔で立っていた。白くてピカピカしているので、この百均と占いしかない薄汚れたフロアで目立ちすぎている。 「……いつから見てた?」 「三十分くらい前から。ずーっと後ろから聞いてました!」  真中は脇を締めてキュルルン!というポーズで俺を見ていた。ヒルビリー真中は、イケメン、高身長、描く漫画も面白く売れていて、本当に文句のつけどころがない漫画家なのだ。 「若林ちゃん、彼女さんに出ていかれちゃったんだ! かわいそ〜ッ!」  この性格が悪すぎるというただ一点を除いて。 まだおじさんじゃない/鳥トマト 若林信二…39歳、バツイチ。出版社・有幻社の青年漫画誌の編集部で働く編集者。自身が「おじさん」であるかどうかがわからず生きている
まだおじさんじゃない/鳥トマト

若林信二

ヒルビリー真中…29歳。漫画家。少女漫画風恋愛漫画『私の理解あるカレ君』がヒットし、今後アニメ化を予定。年上のゲイの恋人と同棲している
ヒルビリー真中

ヒルビリー真中

漫画家でありながら、歌ったり踊ったり、また小説家としても活動する奇才。現在、『二月に殺して桜に埋める』『私たちには風呂がある!』を連載中。その他の著書に『東京最低最悪最高!』『アッコちゃんは世界一』などがある。Xアカウント:@tori_the_tomato