「ぎいぃ」戦友の最期の言葉。東大卒の祖父が明かす“戦場の残虐行為”と“人間の本質”。孫に託した日中戦争の記憶
この夏、戦後80年を迎える。
東京帝国大学を卒業した文学青年は、なぜ戦場で人を殺めることになったのか——。中国戦線に兵士として従軍した一人の知識人の告白を通じ、戦争の本質に迫る。
20年前、死期を悟った祖父は、孫である著者の早坂 隆氏に対して重い口を開いた。戦場での残虐行為、軍部への怒り、戦後を生きる苦悩……。封印されていた真実が、いま明かされる。
ロシアのウクライナ侵攻により、人類は再び戦争の愚かさに直面している。
膨大な取材ノートをもとに、新たな証言を加えて、あらためて「戦争とは何か」を考えさせられる戦争ノンフィクションの力作から一部を紹介する。
※『祖父が見た日中戦争 ――東大卒の文学青年は兵士になった――』(育鵬社刊)より一部抜粋
私の近くで大きな砂煙があがった。振動に骨格が揺れ、私は咄嵯に瞳を閉じ、反射的に身を屈めた。
そこは一秒後の命の保証もない空間だった。ここにいる全員が、生死の境を彷徨しているのだった。
私の周りでは、今日まで起居を共にしてきた戦友たちが、次々と倒れていた。ある者は一メートル以上も跳び上がり、そのままもんどり打って地面に叩き付けられた。
またある者は、鉄帽を被ったまま、こめかみの辺りを撃ち抜かれて顔面を血糊で覆い、白目を剝いた。胸部を撃たれた者は背中に大きな穴を開け、口から大量の血を吐いて息絶えた。
私は自分が血に微酔したことを知覚した。
簡単に言う。
(ちくしょうめ)
と思った。その言葉がどこに向けられたものだったのかは自分でもわからない。敵へか、日本政府へか、自分自身へか、人間などという生き物を創造した者へか。
(ちくしょうめ)
私は石壁から顔を出し、歩兵銃を撃ち始めた。敵との距離など、とても冷静に考えられない。呼吸が荒いため、銃を持つ手が上下に揺れる。さっき見た平泉の横顔と私の姿が重なった。
私の放った弾が敵兵の身体に当たったかどうかは不明である。しかし、今思い起こしてみても、私はそのとき、確かに狙って撃っていたと思う。私は人を狙って引金を引いた。
そう、おそらく弾は当たったであろう。そう考えるのが自然だ。
目の前では、敵兵が次々と薙ぎ倒されていた。私は言葉にならない声をあげながら、しかし指先だけは冷静に作業を繰り返していた。
私を覆い隠してきた生来の修飾は、すべて剝がされた。それまで私が纏っていた薄衣は、破り捨てられたのである。それは情けないくらいに呆気ないものだった。
これを妖気というのだろうか。いや、違うであろう。これこそが、人間の臭気溢れる剝き身の本性の一つではないか。
人間は妖怪に化かされてこんなことをしているのではない。何にも憑かれてなどいない。
平素の人間性が崩壊して剝がれ落ちた後に、へばりつくような本性が現れてきただけなのだ。こういう宿命を内包した生物だからこそ、こんな馬鹿げた行為をもう何千年も続けているのである。
人は同じ所を何度もぐるりぐるりと回り続けている。その循環から人類は自らを解放することができない。
私は今、催眠にかかって目がくらんでいるのではない。そうではなくて、逆に覚醒しているのだ。これまでの利口ぶった日常こそ、世間の俗事に囚われてきた忙しい日々の間こそが、言わば催眠状態であったのだと思い知った。
私は何かに向かって憎悪していた。私の視界の中には、善人も悪人もなく、ただヒトという生命体があるばかりだった。
※『祖父が見た日中戦争 ――東大卒の文学青年は兵士になった――』(育鵬社刊)より一部抜粋
部隊は攻撃目標の中規模集落まで辿り着いた

※画像はイメージです(以下同)
平素の人間性が崩壊し、本性が現れ…
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(はやさか・たかし)1973年、愛知県出身。ノンフィクション作家。著書に『指揮官の決断 満州とアッツの将軍 樋口季一郎』『永田鉄山 昭和陸軍「運命の男」』(共に文春新書)、『戦時下の箱根駅伝』『戦争の昭和史』(共にワニブックスPLUS新書)、『戦争の肖像 最後の証言 真珠湾、インパール、特攻、硫黄島、占守島……』(ワニブックス)、『大東亜戦争秘録』『評伝 南京戦の指揮官 松井石根』(共に育鵬社)などがある。
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『祖父が見た日中戦争』 今こそ読みたい珠玉の戦争論
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