更新日:2026年03月08日 09:30
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天皇を「形式だけ」にしたのは徳川だった。禁中並公家中諸法度の失礼すぎる一文

 権威を残して利用する……江戸初期の幕府は朝廷にこうした合理的割り切りを突きつけた。「禁中並公家中諸法度」や「元号」決定の主導権、天皇をその“影”に追いやった仕組みとは(以下、倉山満著『噓だらけの日本近世史』より一部抜粋)

天皇は徳川秀忠に私信で敬語を使っていた

 基本的に禁中並公家中諸法度は、それまでの慣習法の成文化です。たとえば第二条では、「天皇、三公(現職摂関、大臣)、親王、前官三公、諸親王(世襲親王家の三世以下)、前官清華家大臣」の序列とされます。摂政(関白)、太政大臣、左大臣、右大臣は、皇族よりも宮中序列が上なのです。いわば「准皇族」とも言うべき存在です。准皇族とは、実質は皇族と同じような存在ですが、皇族の形式は与えられません。皇族の形式が無いので、もちろん皇位継承権はありません。  ちなみに後水尾天皇は私信で秀忠に「秀忠公」などと敬語を使っています。天皇も敬語を使うような貴人は、実質的に准皇族なのです。形式的には、「准三后」という称号がありました。皇后・皇太后・太皇太后に准じるから、准三后(准后とも准三宮とも)です。
徳川秀忠像

徳川秀忠像(写真=徳川秀忠像松平西福寺蔵/CC-PD-Mark/Wikimedia Commons

 そもそも天皇の代行者である摂政など、古代では皇族しかなれませんでした。しかし平安以降に運用が変化し、人臣摂政が常例となりました。人臣最初の摂政とされる藤原良房は、准皇族のような存在です(『嘘だらけの日本中世史』十八頁)。五摂家の「皇族にはなれないけど、他の公家とは違う」との意識は、歴史に根拠があるのです。

禁中並公家中諸法度は朝廷を徳川の支配下に置く目的の定め

 と言う風に、禁中並公家中諸法度の中身は、皇室の伝統を踏まえています。しかし禁中並公家中諸法度は、朝廷を徳川の支配下に置く目的の定めです。いかに立派な美辞麗句も、本音が邪悪だと悪用しかされません。そして尤もらしい言葉を並べても、内容は皇室をコケにする条文のオンパレード。  めぼしい条文を拾い出すと……。第八条は、「改元は漢朝の元号から吉例を選ぶこと。ただし、儀礼に習熟したら、日本の先例に習って良い」です。また、第十六条は、「(高貴の証である)紫の衣を天皇が乱発しているが、よく考えて与えるべきである」です。  一事が万事、この調子です。こんなのは「ロボット説」の序の口。押し付けられた後水尾天皇も、今は従うしかありません。

元和偃武(げんなえんぶ)は徳川の元号

 一六一五(慶長二十)年七月、改元が行われ、「元和」とされます。元和は唐の元号です。幕府が押し付けた元号で、知識層からは不評でした(久保貴子『近世の朝廷運営』岩田書院、一九九八年、五九~六五頁)。戦国の終わりを「元和偃武」と言いますが、まさに「徳川の元号」です。  そう言えば最近も、ことごとく皇室の先例を無視し、「国民の元号だ」と大威張りだった総理大臣がいました。改元寸前の平成三十一(二〇一九)年に『週刊SPA!』で毎週のように批判していた人がいたような気がしますけど、どうしても名前が思い出せん……。く、く、く、くら……。 【参考記事】⇒はっきり言う。安倍内閣は、おバカの見本市か?/倉山満
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朝廷は「潰すと面倒臭いから残すので、利用するところだけは利用する」存在
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憲政史研究家。1973年、香川県生まれ。救国シンクタンク理事長兼所長。中央大学文学部史学科を卒業後、同大学院博士前期課程修了。在学中から’15年まで、国士舘大学日本政教研究所非常勤職員を務める。現在は、「倉山塾」塾長、ネット放送局「チャンネルくらら」などを主宰。著書に『13歳からの「くにまもり」』など多数。トランプ再来で揺れる世界を見通すための新章を追加したベストセラー『増補版 嘘だらけの日米近現代史』(扶桑社新書)が発売中

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