日本最大の盆踊りの一つ「阿波おどり」を踊りすぎて処罰された武士がいた!?『禁断の江戸史』より
―[禁断の江戸史]―
初冬の風物詩といえば酉の市。今年は三の酉まであり、多くの神社がにぎわっている。
このように昔から続いている行事に参加すると、日本の伝統に触れている感じがする。
秋まつりや夏の盆踊りも同様である。盆踊りの代表格といえば、徳島県の阿波おどりだろう。起源は400年以上にもさかのぼるという阿波おどりは、開催時には全国から踊りにくる一大イベント。
大勢で踊る様子は圧倒的なパワーを感じるが、江戸時代には踊りすぎて処罰された武士がいたという。一体どういうことなのか?
高校教師歴27年、テレビなどにも多数出演している歴史研究家で多摩大学客員教授などを務める河合敦先生によると、「江戸時代のイメージは、明治政府や御用学者、マスコミによって、ねじ曲げられてきた」という。
そこで河合先生に、これまで常識とされてきた江戸時代のイメージがくつがえるような、知られざる事件や新しい史実を教えてもらった。
(この記事は、『禁断の江戸史~教科書に載らない江戸の事件簿~』より一部を抜粋し、再編集しています)
阿波おどりの起源は400年以上前!
徳島城の完成を祝って人々が乱舞したことが起源といわれているが……
「江戸時代、阿波徳島藩(25万7900石)が徳島市域を支配していました。
藩主の蜂須賀(はちすか)氏は小六正勝(ころくまさかつ)が秀吉のもとで栄達して大名となり、その子・家政が阿波一国を拝領して徳島城をつくりました。
城が完成したとき、家政は領民に無礼講を許し、人びとは7月15日と16日の2日間、乱舞しました。
以後、徳島城下ではこの両日のみ踊りが許され、阿波おどりの伝統が生まれたと伝えられています」(以下、すべて河合先生)
歴史作家、多摩大学客員教授、早稲田大学非常勤講師。
1965 年、東京都生まれ。青山学院大学文学部史学科卒業。早稲田大学大学院博士課程単位取得満期退学。歴史書籍の執筆、監修のほか、講演やテレビ出演も精力的にこなす。『教科書に載せたい日本史、載らない日本史』『日本史の裏側』『殿様は「明治」をどう生きたのか』シリーズ(小社刊)、『歴史の真相が見えてくる 旅する日本史』(青春新書)、『絵と写真でわかる へぇ~ ! びっくり! 日本史探検』(祥伝社黄金文庫)など著書多数。初の小説『窮鼠の一矢』(新泉社)を2017 年に上梓。
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