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2013年のキーワードは「個からチームへ」 スポーツ界のシフトチェンジを振り返る

 ロンドンオリンピックでのチーム競技の大活躍は、記憶に新しいところ。年末年始は五輪特集も多数放送されているので、日本がひとつになったあの感動は何度見ても色褪せない。

 さて、2012年はメジャーリーグから、野球ファンのみならずとも関心を寄せたBIGニュースが3つも届いた。4月のダルビッシュデビュー、7月のイチローNY移籍、12月のゴジラ松井の引退発表だ。

◆「苦しくも、成長した」ダルビッシュ

ダルビッシュ,イチロー

4月、ダルビッシュのメジャー初登板。思い返せば初被安打はイチロー(当時マリナーズ)だった

 古巣ファイターズでの7年間は、先発に定着した6年間すべてで12勝以上をマーク。圧巻の成績でメジャー移籍したダルビッシュは、日本人ルーキー投手としては過去最多の16勝9敗の成績を収めた。
 
 しかし、公式戦最終戦で地区優勝を逃したチームから、勝てば天国・負ければ地獄、新たに導入されたワイルドカード・プレイオフの先発を託されたダルビッシュは、6回1/3を3失点の好投むなしく負け投手に。最後の最後で苦い経験をした。

 ダルビッシュはシーズン終了後、テレビのインタビューで「(メジャーの舞台は)苦しい思いもしたけど、自分を成長させてくれた場所」と来季以降での更なる活躍を誓った。

 また地味ながら、3シーズンぶりに200回を下回った今季の投球回数は、疲労や故障回避の観点から言えば、計画的な組織マネジメントの象徴とも言えるだろう。

◆フォア・・ザ・チームに徹したイチロー

 一方、2001年のシアトル入団から11年半の長きに渡りシアトル・マリナーズの顔を務めてきたイチローは、自らの活路を移籍先に求めた。チームの長引く低迷、若手の台頭、凡ミスでの連敗。孤高の天才打者は、自らのモチベーションを高く保つためにリスク承知のトレード移籍という難しい道を選択した。

 オフにはシアトルとの契約満了を迎える予定だったイチローは、トレード期日の1週間前、レギュラー確約もままならない名門ヤンキースへ。「史上最強のライパチ君」(8番ライトの略:参照記事はhttp://nikkan-spa.jp/256816)としてデビューを飾ると、ヤンキース移籍後は打率.325をマークした。

 また地区優勝に向けて死闘を繰り広げた9月の月間打率は何と.385。“いつものイチロー”を取り戻したあたりは流石であった。我々はチームの成績が選手個々に与える影響の大きさを、イチローのケースで改めて学んだのである。

◆「日本の4番」松井秀喜の引退

 そして最後はゴジラ松井の引退表明。日本で10年、メジャーで10年。500本以上のホームランを放った「日本の4番」は、惜しまれつつもユニフォームを脱いだ。彼ほどの実績がある選手なら、スプリングトレーニングで招待選手に入ることは容易だったはず。つまり現役続行にこだわれば、松井には来季もプレー機会はあったはずだ。

NYポスト

写真はNYポストの2012年レビュー特集より。アメフトNYジャイアンツの優勝で幕を 開けた2012年は、NBAのリンサニティ、MLBではメッツ球団史初のサンタナNO-NOピッチが今年の象徴だったとか

 しかし潔く現役に別れを告げるその裏には、勝利を求めるチームに、自らの存在が求められていない現実を、彼なりに理解した証ということなのだろう。

 20年近く、野球界のアイコン的存在であったイチローの移籍、松井の引退。これらの裏には「個」と「チーム」のバランスが見え隠れする。日本では“絆”に代弁される「みんなのために」、とは少し趣が異なるが、個の満足度よりもチームへの貢献度。このあたりが今年、そして来たる2013年のスポーツシーンを占う上でのキーワードとなるだろう。

 日刊SPA!では来季もWBC、そしてダルビッシュを中心に多様性あふれるメジャーの様子をレポート予定です。今年もどうぞよろしくお願いします。

<取材・文/NANO編集部
海外サッカーやメジャーリーグのみならず、自転車やテニス、はたまたマラソン大会まで、国内外のスポーツマーケティングに幅広く精通しているクリエイティブ集団。「日刊SPA!」ではメジャー(MLB)・プロ野球(NPB)に関するコラム・速報記事を担当




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