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東大と巨人が対戦。プロアマの確執は今も存在するのか?

 快晴の野球日和となった8月18日(日)。ジャイアンツ球場で巨人2軍と東京大学野球部の交流戦が行われた。

 無料開放されたスタンドには、プレイボール2時間前から熱心なファンが多数詰めかけ、テレビ各局の取材クルーの姿も見られた。

 お目当ては、東京大学野球部の臨時コーチを務める桑田真澄氏(45歳)。ジャイアンツやMLBのパイレーツで長年活躍した桑田氏は、PL学園時代にバッテリーを組んだ旧友の今久留主成幸氏に誘われ、今年より東京大学野球部の臨時コーチを務めている。

東大,巨人

ジャイアンツ球場で東大の投手にアドバイスを送る桑田真澄氏。スタンドの野球ファンからは歓声が沸いた

 試合前の桑田氏は、東大野球部のTシャツにユニフォーム姿でグランドを動き回り、ブルペンでは東大投手陣に細かなアドバイスを送っていた。

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 臨時コーチの桑田氏は、ゲーム中はネット裏から関係者らと観戦。試合はファームとは言え主力クラスをスタメンに並べた巨人軍が、9対2で快勝した。

 ここ最近、各地で頻繁に行われるようになった「プロアマ交流戦」は、ひと昔前は考えられなかった催しだった。

 ドラフト制度が導入された1965年以前の野球界は、プロ野球側と、社会人野球を頂点とするアマチュア野球界が「プロアマ協定」なる契約を毎年締結していた。

 これはドラフトがなかった時代に、社会人野球の主力選手がシーズン中にプロ球団に契約されるのを防ぐ目的で作られた協定で、毎年3月1日から10月末までの期間、プロ側は社会人野球の選手と契約を結んではならない、という約束事だった。

 ところが1961年4月、中日ドラゴンズが日本生命の柳川福三外野手と契約を交わしたことから、プロ側とアマ側には大きな溝が生じた。以来、アマチュア傘下に位置付けられる高校野球や大学野球も、社会人野球側に同調する流れを汲み、「プロとアマの長き確執」がはじまったのだ。

 このプロアマ協定に初めて改革のメスを入れたのが、今から13年前の当時の横浜ベイスターズ。2軍チームを「湘南シーレックス」と改称し、独自のチームとして運営をはじめた2000年、同じく横須賀に本拠地を構える社会人野球の名門、日産自動車(残念ながら2009年に休部)と史上初の「プロアマ交流戦」を開催した。

 両チームの対戦成績は、湘南シーレックスの5勝、日産自動車の5勝。真夏の横須賀スタジアムの恒例行事として、2000年から2009年まで10年間も続いた名物イベントからは、内川聖一(シーレックス→横浜→ソフトバンク、WBC日本代表)や、梵英心(日産→広島)など、多くの名選手が誕生した。

 その間、プロ野球界には何度もの「改革の波」が押し寄り、現在では背番号・000番台、100番台の育成選手を多数抱える球団が増えた。2軍の公式戦だけでなく、社会人や大学との交流戦を増やすことで、より多くの実践経験を積ませたいと考えるプロ側。

東大,巨人

序盤は巨人打線から凡打の山を築き、4番の大田泰示からは空振り三振を奪う場面も

 一方で、東京大学野球部のように、プロ野球の一軍でも実績のある選手たちの胸を借り、真剣勝負する機会は、またとない青春の想い出となる。1番松本哲也、2番大類進、3番藤村大介、4番大田泰示……。一軍クラスの選手から次々とアウトを奪った東大投手陣は、大いに自信を深めたことだろう。

 アメリカ球界には「プロアマ」なる壁は一切存在せず、大リーグの各球団は昔から頻繁に、地元大学との練習試合を行っている。

 半世紀の時を経ながら、徐々にではあるが雪解けを見せる日本のプロアマ問題。4年に一度のWBCの時だけオールジャパンで盛り上がりを見せるのではなく、日頃から、プロアマ一体となった日本の野球界を築いていきたいものである。

 なお、プロアマ発祥の聖地「横須賀スタジアム」では、明日から2日間、神奈川県野球交流戦(http://www.baystars.co.jp/region/kanagawa_interleague/)が開催される。ベイスターズ2軍、社会人チーム、地元大学野球部による2日間のトーナメント戦だ。時間に余裕のある方は、足を運んでみてはいかが?

<取材・文/スポーツカルチャー研究所 撮影/遠藤修哉>
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海外スポーツに精通したライターによる、メディアコンテンツ制作ユニット。スポーツが持つ多様な魅力(=ダイバーシティ)を発信し、多様なライフスタイルを促進させる。日刊SPA!ではMLBの速報記事を中心に担当

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