前代未聞のバカ企画を大真面目に実現 「電王戦×TOYOTA リアル車将棋」観戦記
2015年2月8日(日)、埼玉県所沢市の西武ドームにて、実際の乗用車を将棋の駒に見立てて対局する『電王戦×TOYOTA リアル車将棋』が開催され、ニコニコ生放送にて完全生中継された。
このリアル車将棋は、来る3月より始まる人間とコンピュータの戦い『将棋電王戦FINAL』に先立つイベント対局として発案されたもの。人間を将棋の駒に見立てて対局を行う「人間将棋」であれば、将棋駒の名産地として知られる山形県天童市にて毎年4月に開催されており将棋ファンにはおなじみだが、それを自動車でやってしまおうという破天荒な試みである。
もともと発案段階ではニコニコの担当者でさえ実現不可能と考えていたこの企画だが、これをなんとあのトヨタ自動車が思いがけず快諾。日本最大の自動車メーカーの全面的な協力を受け、近年まれに見るほど凄まじくバカらしい、一大イベントが大真面目に開催されるはこびとなったわけだ。
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リアル車将棋で対局したのは、羽生善治名人と豊島将之七段。羽生名人については今さら説明不要の最強棋士だが、相対する豊島七段も若手最強棋士のひとりである。電王戦ではYSSに見事勝利しており、先日の王座戦では羽生名人に挑戦。王座奪取こそならなかったが星取りは2勝3敗と、あと一歩というところまで追い込む健闘を見せている。将棋ファン的には豪華すぎる組み合わせである。
大名人と次世代を担う新鋭の対局ということにちなんで、将棋の駒となるクルマの車種については、羽生名人側は現在販売されていないトヨタの名車から、豊島七段側はトヨタの現行車から選ばれた。とはいえ「王将」を担当したのは、新旧の違いこそあれ、やはりどちらもクラウン(トヨペットクラウン/クラウンアスリート)であった。
いよいよ生放送がスタートすると、駒となるクルマたちが次々と登場し、巨大な将棋盤を模したグラウンドのマス目に沿ってピタッと停車。ニコ生の画面を通して見たその光景はシュールそのもので、現実感がない。まるでオモチャのようだが、もちろんすべてホンモノの乗用車である。
先手と後手を決める振り駒は、トヨタ自動車での勤務経験もあり、将棋ファンでアマチュア三段の腕前を誇る元野球選手の古田敦也氏が担当。このイベントにふさしく豪華極まりないゲストなのだが、ウイングレットに乗って登場するその様子は、まるで正月のスポーツバラエティ番組でも見ているかのよう。いったいこれは何の放送なのか、ツッコミどころが多すぎて脳の理解が追いつかない。なお振り駒の結果は豊島七段の先手となった。
当日は真冬の冷たい雨が降るなかの西武ドーム。記者は対局中は主に三塁側のプレスルームで観戦していたが、スタンド席は極寒である。自動車の排気ガスの関係もあって開放型のドームが選ばれたのかもしれないが、ほとんど体を動かさない将棋の対局環境としては厳しいものがある。対局室にはトヨタのグループ会社であり、電王戦の「電王手くん」でおなじみデンソーの遠赤外線ヒーターが設置されていた。
このリアル車将棋の持ち時間は、それぞれ4時間。ただし時間が切れても秒読みではなく、そのまま負けになる「切れ負け」ルールで、駒であるクルマの移動時間も持ち時間に含まれる。したがって、どれだけ速やかに駒を動かせるかも勝負である。
羽生名人と豊島七段はマイクで指し手の符号を伝える形だったが、それに加えて、それぞれの対局者と親交が深い長岡裕也五段と船江恒平五段がサポート棋士としてつき、あらかじめどの駒が動きそうかをドライバーに伝える役割を担っていた。実はこのリアル車将棋、チーム戦の要素もあるのである。
正直なところ、記者はこの持ち時間設定には少々不安を抱いていた。切れ負けルールで形勢不明の互角のまま終盤にもつれこみ残り時間が少ないということになると、1手にかけられる時間がほとんどなくなってしまう。場合によっては終盤で駒同士が文字通りぶつかり合う衝撃の展開もあるのではないか。
記者がそんな心配を頭に巡らせているなか、いよいよ対局がスタート。羽生名人と豊島七段は両者ともオールラウンダーだが居飛車がメインなので、こうしたイベント対局ではガッチリ組み合って戦える矢倉なのではないか。あるいは短い手数で終わりやすく、切れ負けの将棋でも安心な横歩取りかもしれない。いずれにせよ最初から角を交換するような将棋はないのではないか……。
ところが将棋は、いわゆる「角換わり」に向かう。早々に角交換が発生し、クルマの移動距離が長く、すぐ取られてしまうが注目の「成り駒」もできる。盤上での動きが非常に大きいやりとりになるため、これにどの程度時間がかかるのかが対局の進行の試金石となる。
角は斜めに動く駒なので、移動の際の邪魔になる駒もあらかじめ避けておく必要がある。豊島七段の角であるMIRAIは羽生名人の角であるランドクルーザーに取られたため、羽生名人の駒置き場に移動。MIRAIがいた場所にランドクルーザーが移動し、天井に設置された駒のカバーを外して「馬」になる。しかしその馬はすぐ銀に取られて、ランドクルーザーは豊島七段の駒置き場に移動。これでようやく角交換成立である。
「最初に角交換をしたとき、思っていたよりもはるかにスムーズにやってくれて。ほとんど普段の対局と変わらない感覚で指せました」(羽生名人)
局後に羽生名人がこう語っていた通り、複雑な角交換の行程も3分程度で完了。対局者がよほどの長考をしない限り、記者の不安は杞憂に終わりそうだ。
「角換わり」という戦型は、先手が先攻して後手がそれを受け続けるという展開になりやすい。この将棋も実際にほとんどの時間が豊島七段の攻め、羽生名人の受けということになった。ニコ生の画面には、電王戦の大将を張るコンピュータ将棋ソフト「AWAKE」による形勢評価値が常時表示されており、微差ではあるが豊島七段が有利という評価を下していた。
通常将棋は先に攻めたほうが勝ちやすい。しかしその攻めを受けているのは例外中の例外的存在である羽生名人なのだから、常識やコンピュータの評価はあてにならない。プロ同士でも恐れられる「羽生マジック」が出るかもしれない。
この日の「角換わり」はプロ棋士の間では特に流行している最新形とのことで、始まってしまえば駒がクルマでも将棋は将棋、イベント対局とはいえ本気の勝負である。そして相手が羽生名人でも、豊島七段は果敢に攻めかかる。交換した角(ランドクルーザー)を打ち込み、飛車(86)を捨てて、もう一方の角(MIRAI)を取り戻す。さらに角(MIRAI)を打ち込んで、羽生名人の飛車(カローラレビンAE86)と交換……。
途中でおやつ休憩もはさみつつ華々しい駒の取り合いが行われた結果、駒の損得では羽生名人が桂馬(iQ)ひとつ分の得に。ただし羽生名人の玉は露出していていかにも危ない。あとは豊島七段が攻め切れるのかという勝負になった。逆に言えば、この攻めが不発になれば、豊富な持ち駒で一気に羽生名人が逆転ということになる。
豊島七段は少ない持ち駒ながら、歩の手筋を使って細い攻めをつなぐ。69手目にはこの日はじめて「と金」ができ、特別に用意されたG’s Vitzが登場。しかしすぐに取られてお役御免となってしまう。実は「竜王(86 14R60)」と「成銀(ハリアーG’s)」にも特別車が用意されていたのだが、どちらも対局中には登場できず、終局後のお披露目となった。悲しいけどこれ将棋なのよね。
局面はいよいよ風雲急を告げる。羽生名人がついに攻めの手(82手目△6九銀)を放ったのだ。豊島七段の攻めを見切ったのだろうか? 難しすぎる局面、意外なタイミングでの一転攻勢は予想しづらかったのか、ドライバーはあわてて銀(ミラー仕様のハリヤー)に乗り込む。ニコ生の画面にも驚きのコメントが多数流れていた。そして「AWAKE」の評価値は、このあたりを境に羽生名人側に大きく振れ始める。
結果から見れば厳密にはこの数手前(75手目▲3四歩)あたりで豊島七段がミスをした可能性があるが、誰にもわからないミスに羽生名人ただ一人が気付いている、これが「羽生マジック」であると言えるだろうか。あれよあれよという間に逆転、いつの間にか局面は羽生名人の勝勢である。19時37分、羽生名人の94手目△9八金を見て豊島七段が投了。前代未聞のリアル車将棋は、羽生名人の勝利で幕を下ろした。
将棋好きにとってもクルマ好きにとっても、あるいは両方とも好きな人にとっても空前絶後の謎企画であったリアル車将棋。若者の将棋離れ、クルマ離れに一石を投じることになった……と言えるかどうかは定かではないが、とにかく現場がひたすら寒かったということを除けば、間違いなく何かの歴史に残る最高のおもしろイベントであった。
なお今回ニコ生で評価値を出していた「AWAKE」は、2月28日と3月1日に毎年恒例となっている100万円企画『電王AWAKEに勝てたら賞金100万円!』に登場。また対局者たちを追ったドキュメンタリー『電王戦FINALへの道』も連日公開されており、期待はいやがおうも高まる。人間とコンピュータの最終決戦『電王戦FINAL』開幕まで、いよいよあと1か月だ。 <取材・文/坂本 寛 撮影/石川真魚>
●電王戦×TOYOTA リアル車将棋
http://ex.nicovideo.jp/denou/kurumashogi/index.html
●電王AWAKEに勝てたら賞金100万円!
http://ex.nicovideo.jp/denou/million2015/
●電王戦FINALへの道
http://ch.nicovideo.jp/denousen-documentary
●将棋電王戦 HUMAN VS COMPUTER | ニコニコ動画
http://ex.nicovideo.jp/denou/
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