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ゆとり世代が唖然。若者を批判する老害たちも若かりし頃は「性と暴力」に影響されていた

 ゆとりの名の下にひとまとめにされて批判されがちな20代。しかし、歴史を振り返ってみれば、こうした俗流世代論は決して新しいものではない。

 例えば、なにかとゆとり世代が比較される、親にあたる80年代のバブル世代。好景気を背景にイケイケだった20代には「新人類」との呼び名がついた。当時の文献や新聞記事を見ると「ブランド志向」、「ノリがいい」といった言葉がずらりと並んでいるが、それまでジャージ姿が当たり前だったプロ野球選手がお洒落をするなど、まさに今でいうリア充! 当時で言えばネアカな世代だったのだ。

 ファミコンやテクノが流行ったのもこのころ。新入社員がいきなりローンを組んで車を買うなど、今の20代には想像もつかない生活だ。それに付随し、車で女性を送り迎えする「アッシー君」なる言葉も生まれている。こんな好景気のなか青春を謳歌した世代に、今の若者を巡る環境や心情はなかなか理解できないのではないだろうか?

『太陽の季節』日活株式会社(C) 1956

『太陽の季節』日活株式会社(C) 1956

 さらに30年ほどさかのぼると、しらけ世代、団塊の世代を挟み、焼け跡世代などとカテゴライズされる。戦時中に生まれ、第二次世界大戦の記憶をもつ最後の世代だ。彼らが20代のころには、石原慎太郎の小説『太陽の季節』と、その映画版を元にした「太陽族」なる言葉が生まれている。

 この太陽族だが、出てくるキーワードは「性」、「暴力」といった過激なワードばかり! その背景には太陽族に関連した映画を見て、若者が強姦や暴行などの事件を起していたことさえある。20代記者からすると、DQNと呼ばれる層と何が違うのかわからない……。

 また、何かといえば、大人が「若者に悪影響」だから……などと何かを非難するのはよく見る光景になっているが、”検閲”が始まったのも若者が「太陽族」だった時代。映画に触発された事件が多発したことから、映倫管理委員会が設置されたのだ。

 そんな暴力的な印象の太陽族だが、当時の「婦人公論」には「僕らは誤解されている」との見出しが。「生みの親」である石原慎太郎自らが「限られた都会の、こういうタイプの人間である、そういうふうにいわれるのは非常に心外なんです」と語っている。いやー、まさかその数十年後にとんまな若者批判を繰り出す老害になるとは……。若かりし頃の石原氏に是非一言貰いたいものである。

『婦人公論』1956.9

『婦人公論』1956.9

 3/10発売の週刊SPA!「[嫌われる20代]を自己分析する」では、20代の記者が20代のスタッフとともに俗流若者論で批判されて疲弊する20代を直撃。ゆとり世代とひとくくりにされるいまどき20代の複雑な心情をリポートしている。 <取材・文/週刊SPA!編集部>

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