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料理本研究家が3000冊の中から選んだ「神レシピ」

 新聞や雑誌には毎日のように「書評」が掲載されているが、その中で「料理本」が取り上げられることは少ない。というか、ほとんどない。胸躍る小説や感動のノンフィクションは書評の主役になりやすいが、実用書は往々にして後回しだ。料理本は月に100点以上刊行されているというのに、この冷遇ぶりはどうしたことか。なかには、レシピのおいしさに感動したり、アイデアの斬新さに胸が踊る一冊だって沢山あるはずだ。  すぐれたレシピは、傑作小説や名詩のように後世に語り継がれてしかるべき……と話すのは、書評家にして料理研究家の土屋敦氏。これまでに読破した料理本は少なく見積もっても3000冊に上るという。 「幼い頃から、実家の本棚の料理本に影響を受けては謎のオリジナルレシピを作ったりしているような子供でした。本格的に料理本と向き合ったのは’90年代後半のこと。当時、僕は京都で“主夫”をやっていたんですが、朝、奥さんを『いってらっしゃい』と送り出してから、夜に『おかえり』と言うまでまったく他人と口を聞かない毎日で、本当にやることがない(笑)。そんな中で、主夫としての実益も兼ねて料理本を読み込むようになり、その世界の奥深さに驚いたんですよ」  土屋氏が料理本にハマった’90年代は、もっとも料理本が「輝いていた」時代でもあった。従来の「一般家庭にとっては本格的すぎる料理本」(料理本が嫁入り道具の一種であった時代の立派なハードカバー)がカジュアル化していく中で、栗原はるみ、有元葉子といったスター料理研究家が登場し、創意工夫に満ちたレシピが次々と登場していたのだ。 「今の時代のスタンダードは『クックパッド』に代表されるような、今まさに冷蔵庫の中にある食材を使ってそこそこおいしいものが作れる、まさに等身大のレシピ。それはそれで重宝するのですが、一世代前の料理本には、食材や手順にほんの少し“コダワリ”を加えることで、味に劇的な変化をもたらしてくれるセンス・オブ・ワンダーがあふれているんです」  なかでも土屋氏をとりわけ驚嘆させた“神レシピ”を、「小説のアンソロジーや名詩選を編むようなつもりで」集めて解説した一冊が、『このレシピがすごい!』(扶桑社刊)。名人たちがレシピに込めたアイデアの真髄に触れるだけでも、料理の腕が上がること必至だ。  というわけで、本書の中から「日刊SPA!」の読者に向けて、とっておきのレシピをご紹介! ●生ウニのオムレツ by 開高健
生ウニのオムレツ

ヤバイほどにウマイ「生ウニのオムレツ」。撮影/土屋敦

「料理経験値の低い独身男性でもカンタンに作れるレシピ……ということであれば、イチオシは、開高健がさまざまなエッセーで紹介している『生ウニのオムレツ』。溶き卵に生ウニたっぷりとバターを入れてざっと炒めるだけなのに、もうアホみたいにウマい! 白ワインと一緒に掻きこめば、ますますヤバイです。木箱に入った刺身用のウニをまるまる1箱、勇気をもってぶち込めるどうかで男気が試される、まさに男の料理です。バターは『エシレ』や『カルピスバター』など、高級なものを使うと絶品」 ●「汁が日本酒だけ」の常夜鍋 by 浅野陽 ⇒【写真】はコチラ https://nikkan-spa.jp/?attachment_id=845494
「汁が日本酒だけ」の常夜鍋

写真では香りをお伝えできないのが残念だ 写真/日刊SPA!

「陶芸家であり、東京芸大の教授でもあった浅野陽さんが、料理エッセイ『酒呑みのまよい箸』(講談社)の中で、わずか3行で紹介しているレシピ。酒好きに是非オススメしたいですね。常夜鍋というのはホウレンソウと豚肉の鍋ですが、水か出汁に日本酒を加えたようなレシピがスタンダード。ところが、浅野さんのレシピは『日本酒だけ』。実に男らしいです。土鍋に一升瓶からドボドボと日本酒を注いで煮立てるんですが、煮立ってきたところで香りがワァ~ッと立つのがたまらない。これでホウレンソウと豚バラをさっと茹でて、しょうゆと大根おろしで食べるのですが、酒の強い味がホウレンソウと豚にベストマッチ。めちゃくちゃカンタンで、カネもそんなにかからないのに、めちゃくちゃ“もてなしてる”感が出る、世界最強の家飲みレシピです」  こちらのレシピ、「日刊SPA!」もさっそく試してみた。個人的に、家でつくる鍋は「料理をするのが面倒なときの手抜きレシピ」くらいにしか思っていなかったのだが、この常夜鍋から立ち上る“幸福感”は異常! 煮詰まって甘くなったところに豚のダシが出た日本酒に、ご飯を絡めて雑炊にして食べるのも至福であった。  すごいレシピは新しい味覚への扉を開いてくれる。本書を通じて、ぜひ未知なる領域へと旅立ってほしい。 <取材・文/日刊SPA!取材班> 【土屋 敦氏】 書評家、料理研究家。’69年、東京都生まれ。出版社勤務、京都での主夫生活を経て中米各国に滞在し、ホンジュラスで災害支援NGOを立ち上げる。その後佐渡ヶ島で半農生活を送りつつ、「All about Japan」の「男の料理」ガイドを務める。現在、書評サイト「HONZ」編集長。料理研究家としての著書に『男のパスタ道』(日経プレミアシリーズ)ほか
このレシピがすごい!

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