珍獣ドクター・田向健一「ペットのストーカーになってはダメ」
―[珍獣ドクター・田向健一]―
アジア初、両生類の伝染病・ツボカビ症の発見、カメの手術の新方式を考案し、海外からも認められる獣医師、田向健一。爬虫類から猛獣まで、これまで100種類以上の“珍獣”を診察してきた“エキゾチックペット医療”のトップアスリートだ。今回、毎日放送制作の密着ドキュメンタリー番組「情熱大陸」出演を記念してSPA!2010年7月27日号のインタビューを掲載する。(O.Aは12月17日23:30~)
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◆ペットのストーカーになってはダメ
――先生もヘビやカエルや、いろいろ飼って(※4)いますよね?
田向:大好きだからです!(笑)ただ、基本的には飼育下で殖やしたもの(※5)を飼うとか、あまり変な生き物は飼わないようにしています。「この生き物はなんたるや」というバックグラウンドを知ったうえで、きちんと勉強して飼うこと。それから、いいことも悪いことも含めて、現実に向き合うこと。犬だったら、毎日散歩が必要だし、臭いうんちもする、病気になれば、かわいそうな姿を見なければならないし、お金もかかる。
その現実を呑む根性がないなら、飼わないほうがいいんですよ。特にエキゾチックペットって、あまり慣れないから、みんなストーカーみたいになって、ず~っと見てる。それで動物のほうは、ストレスで、餌も食べられなくなる。「人のいない部屋に置いて、布かけて、そっとしておいてね」と言っても、できなくてちらちら見てしまう。
◆飼育も治療もアンビバレンスを伴う
――例えば、夜中にカメの水槽の覆いをまくって覗いちゃったり。
田向:だから、それは飼い主の安心になるかもしれないけれど、カメにとってはいい迷惑。それに、心配しても治りませんって言うんです。意味なく心配する人は多いですが、どこにも安心なんかないんですよ。僕だって本当に治るか不安でしょうがない(笑)。
――生き物を飼うことは、人間修業にもなりますね。こちらも精神力を鍛えなきゃいけない。
田向:僕らの治療もそうなんです。やろうと思えば、MRIから(※6) 放射線治療まで、いくらでも複雑な治療はできます。でも、それは動物にとって大きなストレスだったり、無意味だったりすることもある。神経質なエキゾチック動物は、やればやるほど具合悪くなったりもする。
獣医側の「知りたい」という欲求が独り歩きしてはだめなんです。獣医だって不安です。飼い主さんに対するプレッシャーもある。それに屈すると動物が不幸になることもある。
――先生は屈しなさそうですが。
田向:屈しない。マゾだから(笑)。あらゆる現実と不安を呑み込んで僕は耐える。でもそれは、医者の考え方とさじ加減だから、難しいですよ。動物は人間みたいに、話せませんし、僕が必要ないと思っても、飼い主さんが希望したらやることもある。
――例えば?
田向:寿命が3年のハムスターの3歳の腫瘍の手術とか。
――90歳のおばあさんが胃がんになって、どうしますか、みたいな?
田向:そう。でも動物はあまり老いを感じさせないし、飼い主も「かわいそうだから手術を」となる。じゃあ、何がかわいそうかというと、それは、腫瘍を背負っているペットを見ていられない自分自身。ペットって生かすも殺すも飼い主さん次第なんですよ。
――それを日々、さばいている?
田向:毎日さばいてる。つらい。でも3歳のハムスターの腫瘍だって依頼があれば、絶対助かるように手術するし、ヤギの角をどうしましょうと言われたら一生懸命やり方を考える。それが人間の業だから。僕もそれにどっぷりつかっているんです。
●田向健一(獣医師)
愛知県出身。’98年、麻布大学獣医学科卒業。幼少時の動物好きが高じて獣医師に。大学時代は探検部で海外の秘境に動物訪問。卒業後は東京の動物病院勤務を経て、田園調布動物病院を開業。「珍獣の医学」(扶桑社)など、動物に関する書籍を多数執筆。今でも多数の動物たちと暮らす
※4 いろいろ飼って
オーストラリアハイギョ、砂漠に棲んでいるため水のない時期には自分で袋をつくるというアフリカウシガエル、揚子江ワニの赤ちゃん(これのみ患畜)、2mmの大きさから育てたタランチュラ、マツカサトカゲなど。画像は苔にそっくりのコケガエル。どれも珍しい
※5 飼育下で殖やしたもの
エキゾチックアニマルは野生動物という意味でも使われるが、野生から直接生物を採集したものと、野生種を飼育下で繁殖させたものがある。野生の生物を捕獲したり、それを遺棄することにより、絶滅の恐れや種の生態系に悪影響を及ぼす懸念が問題視されている。リクガメやカミツキガメなどの爬虫類は批判の的となりやすい。日本は多数のエキゾチックペットを輸入していることから「野性動物輸入大国」と海外から揶揄されることもある
※6 MRIから
現代のペット医療の最前線では人間と同等の治療がほとんどできる。MRIやCTなどは動物の画像専門施設にて撮影する。「ウサギを抱っこして一緒にCTに入ったという獣医師の話も聞いたことありますよ。僕はまだないですけど」
取材・文/田中奈美 撮影/落合星文
『珍獣の医学』 現役獣医師が多様化するペット医療の知られざる現場を描く |
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