【将棋電王戦第4局観戦記2】見慣れた将棋とは別のゲームへ!? 塚田九段が決意した瞬間
4月13日、将棋のプロ棋士5人と5つのコンピュータ将棋ソフトが対決する『第2回 将棋電王戦』の第4局が、東京・千駄ヶ谷の将棋会館で行われた。副将戦は、「王座」のタイトル獲得経験もあるベテラン・塚田泰明九段と、昨年の『世界コンピュータ将棋選手権』で2位(42チーム中)となった「Puella α」の対決だ。
⇒前の記事へ(https://nikkan-spa.jp/424174)じっと耐えるような指し回し
67手目▲4四馬の局面は、先手の「Puella α」が優勢とまでは言わずとも、相当に攻めが続きそうな局面。終局後の記者会見や取材で明らかになったのだが、この時点で塚田泰明九段は、自分から攻めて勝つことは諦めて、ひたすら「入玉」して負けないことを目指す方針に切り替えたという。
これまでの電王戦を見てきた読者にはおわかりかと思うが、コンピュータは細い攻めをつなげるのがうまく、いったん攻め始めると、それを止めるのはプロ棋士でもかなり難しい。しかも、塚田九段の作戦は「Puella α」の無理攻めを誘うというものだったのだが、本局ではプロが見ても十分に攻めきれる可能性がある攻め方をしてきた。おそらく「ボンクラーズ」との練習将棋の内容から、「入玉」を目指さずに指し続ければ、勝つ可能性は低いと見切ったのだろう。
ちなみに「入玉」とは、自分の王様を相手の陣地の奥深く、自分の駒が成れるところまで逃すことを言う。将棋には後ろに動ける駒が少なく、「と金」などの強力な成り駒をたくさん作って王様を守れるので、「入玉」した王様を詰ますことは極めて難しい。将棋は王様を詰ますゲームだが、「入玉」すると、ほぼ詰みはなくなってしまうのだ。
そこで、将棋には「持将棋」というルールがある。対局者の双方が合意すれば、その将棋は「持将棋」となり、盤上の駒と持ち駒の数をもとにした点数計算を行う。この『第2回 将棋電王戦』では、通常のプロの対局と同じ「24点法」で計算されることになっている。王様は0点、飛車角の“大駒”は5点、それ以外の駒は一律1点ずつとし、24点未満なら負け、双方24点以上なら引き分けだ(※)。
※ プロ同士の対局で引き分けになった場合は、すぐに指し直しになる。しかし『第2回 将棋電王戦』では、疲れることがないコンピュータが相手ということ、団体戦であることも考慮し、引き分けのまま指し直しはナシのルールになっている。
一般的に、コンピュータは「入玉」の将棋は苦手とされる。コンピュータはプロ棋士の棋譜をもとに局面の優劣を評価し、指し手を決めるように作られているのだが、そもそも「入玉」した将棋のデータは非常に少ない。また「持将棋」の点数計算では、駒の価値が通常の将棋とはまったく異なるため、専用のアルゴリズムが必要になってくる。コンピュータ同士の対局でも「入玉」は滅多にないので、対策をしていない将棋ソフトも多い。
したがって、対コンピュータの対策として「入玉」は有力な選択肢となる。ただし、最初から「入玉」を目指して指すことは、かなり難しい。途中で駒をボロボロと取られて、「持将棋」になっても点数が足りなくなってしまうのだ。「GPS将棋」のトライアルマッチ(https://nikkan-spa.jp/403267)でも、アマチュア強豪たちが「入玉」を目指して失敗した例がかなり見られた。
本局は比較的「入玉」になりやすい矢倉だったというのも、塚田九段の作戦だった可能性は高い。「入玉」さえしてしまえば、プロである塚田九段なら、なんとかできるという目論見があるのではないか。
そして、そこからの本局は、もはや普段見慣れた将棋とは別のゲーム、別の世界に突入していった。「Puella α」は塚田九段の駒をみるみる剥ぎ取っていくのだが、塚田九段はそれに目もくれず、「入玉」したときに守備駒となる「と金」や「成香」を量産しつつ、王様をどんどん前進させる。
「1三とかに王様を少しだけ逃がして、『入玉するぞするぞ』みたいにして評価関数を破壊しておいて普通に指すのもアリですよ(笑)」(「ponanza」開発者・山本一成氏)
山本氏は将棋が強い開発者ならではのアンチ・コンピュータ戦略について、控え室のプロ棋士たちとこのように談笑していた。が、責任もなにもないトライアルマッチならイチかバチかで使えるが、電王戦の大舞台でそれを試すのは、さすがにリスクが高すぎるか。
しばらくすると、もう塚田九段の「入玉」はほぼ確定していた。しかし、塚田九段の大駒はすべて取られてしまっている。一目散に目指した「入玉」だったが、点数も24点には大幅に足りない。それでも、モニタの塚田九段は腕まくりをして、やる気十分に見える。
そして、このあたりから「Puella α」が狂い始める。「持将棋」を前提とすれば、ほとんど意味がない悪手を連発する。ニコニコ生放送の画面に表示されている「ボンクラーズ」の評価値(※)は「+2500」を超えているが、もうまったくあてにならない。「Puella α」が悪手を指すたびに、控え室のあちこちから「うわっ」「うへえ」という声が上がる。
※「Puella α」とほぼ同バージョン。評価値の「+」は先手、「−」は後手の有利を示す。数値が500を超えると「優勢」。1000を超えると「勝勢」となり逆転は困難になる。
このころになると、控え室でも、ニコニコ生放送でも、もう真剣に検討をするという空気ではなかった。プロ棋士たちから見れば、もう“将棋”としては終わっている局面なのだ。
もちろん、勝ち越しに王手をかけられた団体戦の副将として、なんとか引き分け以上に持ち込もうとしている塚田九段を応援しつつ検討はしているのだが、本来“将棋”は超のつく個人競技である。たとえ「Puella α」が草野球のようなひどい手を連発して勝つ可能性があっても、プロ棋士には恥ずかしい棋譜を残すのはイヤだという美意識が本能的に染み付いているのだ。
「こういうのは普通なら『そうまでして勝ちたいか』って言うんだよ。河口がこう言ってたって書いてもいいよ」(河口俊彦七段)
将棋会館のエレベーター前にある喫煙スペースには、「もう見ていられない」と逃げ出すように控え室から出てきたプロ棋士たちが集まっていた。おそらく、最も辛いのは塚田九段のはずだ。普通ならすぐにでも投了したい局面。それがわかるからこそ、見ていられない。そんな局面なのだ。
「いま▲7七玉って上がっちゃったよ」(神谷広志七段)
「えっ!? じゃあ塚田さんもう粘ってもダメじゃん」(先崎学八段)
「Puella α」はここまで「入玉」する意志を見せておらず、塚田九段には、まだ「Puella α」の王様を詰ませて勝つ可能性があったのだが、その可能性も閉ざされた。あとは「持将棋」による点数を24点以上にして、引き分け以上に持ち込むしかない。だが、その道のりは果てしなく遠く思われた。
※続きはこちら⇒落涙、苦笑、最終戦へ……
<取材・文・撮影/坂本寛>
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