【将棋電王戦第4局観戦記3】落涙、苦笑、最終戦へ……

4月13日、将棋のプロ棋士5人と5つのコンピュータ将棋ソフトが対決する『第2回 将棋電王戦』の第4局が、東京・千駄ヶ谷の将棋会館で行われた。副将戦は、「王座」のタイトル獲得経験もあるベテラン・塚田泰明九段と、昨年の『世界コンピュータ将棋選手権』で2位(42チーム中)となった「Puella α」の対決だ。

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 これも終局後の記者会見や取材で明らかになったのだが、塚田泰明九段は「Puella α」が自分から「入玉」してこないのではないかと考えていたようだ。練習対局で「ボンクラーズ」は一度も「入玉」してこなかったため、自分が「入玉」すればなんとかできると考えたのだ。

 しかし、「Puella α」開発者・伊藤英紀氏によれば、『第1回 将棋電王戦』の米長永世棋聖との対局時点の「ボンクラーズ」から、対プロ棋士専用の対策として、ある一定の条件で「入玉」するアルゴリズムが入っていたという。塚田九段が研究していた「ボンクラーズ」は、『第1回 将棋電王戦』以前のバージョンだったため、事前にどの程度「入玉」対策がなされていたのか、わからなかったのだ。

「一定の条件を満たしたら『入玉』と判断して、駒得を重視したり、24点法の駒の価値の計算をするようにしてます。しかし、通常の指し手の判断に影響を与えてしまう可能性があるので、『入玉』とみなす条件の設定や、24点法の価値判断をどのようにミックスするかは難しいんです」(「Puella α」開発者・伊藤英紀氏)

 「ponanza」開発者・山本一成氏が発言していたように、あるいは塚田九段が完全には「入玉」せず、中途半端な位置に王様を置いておけば、「Puella α」は「入玉」を開始しなかったかもしれない。塚田九段本人も、この「▲7七玉」を見た瞬間、さすがに諦めかけたという。

 だが、ここまで来たら、たらればを言っても仕方がない。「入玉」になってからの「Puella α」は、指し手がチグハグになっていることは間違いないので、あとはとにかく駒を取ることしかない。控え室のコンピュータ関係者からは、「△8八歩打」とすれば、いったん上がった「Puella α」の王様が喜んで歩を取りに戻ってくるのではないか、という案も出ていたが、これもリスクが高すぎて、そんな方法があると知っていてもできないだろう。

 そのときモニターには、対局中に指差し確認で駒を数える塚田九段が映しだされていた。絶対に引き分けにするという執念からとはいえ、相手がいる通常の対局では絶対に見られない光景はあまりにシュールかつ滑稽で、控え室やニコニコ生放送では笑いも起きていた。

 「Puella α」は、「と金」を大量に製造し始める。おそらく1つくらい歩を取られても「と金」を作るほうが価値が高いという通常のアルゴリズムが邪魔をして、「持将棋」の24点法に基づく判断がうまくできていないのだ。その間に、塚田九段は少しずつ、確実に駒を取っていく。

 もう手数は150手を超えている。長期戦は確定しているので、両者ともに時間はそれほど使わず、どんどん指し手は進む。モニターには、これまで『第2回 将棋電王戦』の全局でコンピュータ側の代理での指し手を務める三浦孝介初段が、疲れの頂点に達してグロッキー状態になっているのが映っていた。しかし、塚田九段の闘志は衰えない。

「これ馬が取れそうだね」(先崎学八段)

 じりじりと点数を稼いだ末に、大駒が1つ取れれば引き分けが見えてきた。そして175手目の局面で、控え室のあちこちから「△8二香打なら勝ちもあるのでは?」という声が。どうも「△8二香打」なら馬だけでなく龍も取れそうで、塚田九段が24点に到達して引き分けどころか、「Puella α」を24点未満に追い込めるかもしれないとのこと。しかし、本譜では176手目「△8一金打」から安全に馬を取った。

「△8二香打なんてあったの!? 馬が取れると喜んじゃって、それは思いつかなかったですね(苦笑)」(塚田泰明九段)

 プロの将棋では、「入玉」の将棋で欲張ると痛い目を見るとよく言われる。ここまで粘ったら、失敗だけは避けたい。石橋を叩いて渡るくらいの堅実な手でも十分だ。200手を超えた時点で、24点法の23点まで来た。あと1点、あと1点で引き分けだ。控え室は、勝つか負けるか形勢不明の緊張感漂う将棋の終盤というより、駅伝のランナーを応援するような雰囲気になっていた。もうあとはアンカーにタスキを渡すだけ。それだけでいい。

 この土壇場に来て、まったく役に立たなくなっていたニコニコ生放送の画面上の「ボンクラーズ」の評価値が、24点法の点数に切り替わった。

24点法の表示

24点法の表示に切り替わった瞬間。コメントは賞賛の嵐に。

 控え室から「見やすい(笑)」「これはすごい」という声が上がる。ドワンゴの川上量生会長本人もTwitterで驚くほどの、ニコ生運営の爆速の仕事ぶりだった。





 そして、塚田九段はついに24点に到達。立会人の神谷広志七段は、控え室から急ぎ足で対局室に向かう。

「Puella α」には「持将棋」の提案機能はないため、ここで塚田九段が「持将棋」を提案。これに開発者の伊藤氏が合意する形で、『第2回 将棋電王戦』第4局は、19時40分、231手目の局面で「持将棋」引き分けとなった。控え室とニコニコ生放送の会場からは、大きな拍手がわき起こった。

 本局の真のハイライトは、ここからだった。終局直後「投了も考えたか?」という代表記者からの質問に対し、塚田九段は「自分からは……」と突然の涙を見せたのだ。

 それまでは笑顔を見せていた立会人の神谷広志七段も、一瞬で表情が引き締まる。先に書いたとおり、プロ棋士にとって、事実上負けの局面から恥を忍んででも粘って指し続けるのは、想像を絶するほどの辛さなのだ。

「塚田九段とは35年以上の付き合いですが、泣いたのは初めて見た。いいものを見たと思いました」(神谷広志七段)

 プロ棋士側の負け越しがかかった第4局。副将として、少しでも望みがあるなら。塚田九段には、潔く投了するという選択肢が、あらかじめ奪われていたのだ。『第2回 将棋電王戦』が団体戦であったからこそ、生まれたドラマかもしれない。

「本当は勝って大将の三浦弘行八段に回さなければいけなかったんですが……。点数勝負でもダメという局面でしたが、それしかなかったので(苦笑)」(塚田泰明九段)

「正直言って、げんなりしながら見ていましたが、負けなくてよかったです(苦笑)」(「Puella α」開発者・伊藤英紀氏)

 対局した両者とも苦笑するしかないという結果ではあったのだが、塚田九段の苦笑は、伊藤氏のそれとは意味合いが異なるだろう。記者会見でも、ふとした瞬間に涙が出そうになるのを押し隠そうとして苦笑になっているような印象を受けた。

 もちろん「Puella α」が「入玉」に大きな弱点を抱えていたため、このような将棋になったのだが、プロ棋士として、かつてタイトルを獲り、A級に7期も在籍した塚田九段である。そのプライドを捨ててまで指し続けた苦しさは計り知れない。引き分けという結果で副将としての最低限の責任は果たしたが、プロ棋士として涙が出るほど悔しい将棋だったことに変わりはないだろう。

 いずれにせよ、確かにそのタスキは渡された。第71期A級順位戦で序列2位、文句なしの現役トッププロである三浦弘行八段と、東京大学の600台を超えるコンピュータをつないだ最強の将棋ソフト「GPS将棋」が対決する『第2回 将棋電王戦』第5局は今週土曜日、4月20日。泣いても笑っても、これが最終局だ。 <取材・文・撮影/坂本寛 撮影/林健太>

⇒【将棋電王戦第5局観戦記】トップ棋士に勝ったコンピュータの「見たことがない仕掛け」

◆三浦弘行八段 vs GPS将棋 PV – ニコニコ動画:Q
http://www.nicovideo.jp/watch/1365807103

◆第2回将棋電王戦 特設ページ
http://ex.nicovideo.jp/denousen2013/

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