カネで読み解くビジネスマンのための歴史講座「第14講・戦争は儲かるのか ②」
薄れゆく景気刺激効果
第2次世界大戦(1939~1945年)以降、アメリカは戦争の度ごとに、一人あたりGDP成長率を飛躍的に増大させることに成功しました。しかし、「戦争は儲かる」というセオリーがヴェトナム戦争(1965~1973年)以降、崩れていきます。 ヴェトナム戦争前の1964年の一人あたりGDP成長率は4.33%でした。1965年、5.05%と僅かに上がるも、次第に成長幅が縮小し、戦争終盤の1970年にはマイナス0.98%に落ち込みます。 この頃、アメリカは財政赤字を累積させていきます。国防費のみならず、医療支出も、1965年の41億ドルから1970年の139億ドルへと急上昇します(ジョンソン政権の「偉大なる社会」のプログラムによる)。貿易面でも日本やドイツの攻勢で、アメリカは貿易黒字を減らしていき、1971年に、貿易赤字に転じます。財政と貿易のいわゆる「双子の赤字」と呼ばれる現象が進行していました。 同年、ニクソン大統領は、ドルと金の交換停止を発表し(ニクソン・ショック)、ドルを基軸とするブレトン・ウッズ体制を崩壊させます。副作用、マイナス効果
ヴェトナム戦争期において、巨額の財政赤字がドルへの信用不安を引き起こし、資金が海外に流出するなどの副作用がはっきりと現れはじめ、戦争という公共事業が景気刺激の効果を発揮しなくなっていきます。 その後の湾岸戦争(1990~1991年)では、1989年の一人あたりGDP成長率2.48%から1990年の0.61%、1991 年のマイナス1.79%と低下しています。戦争が景気刺激に効かなくなったのです。 1970年代以降、アメリカ経済の規模は膨大なものとなり、軍事費やそれに関連する部門の経済全体に対するシェアが低下し、軍事部門だけが戦争で潤ったとしても、経済全体に、その恩恵は及ばなくなっていました。 また、アメリカは平時でも恒常的に戦時体制に匹敵する国防費を支出するようになったため、戦争が起きても、戦時大量動員は起こらず、政府支出も劇的には増えず、景気刺激の要因とはなりませんでした。大国であることを辞めるアメリカ
かつて、軍事技術の開発が先行的におこなわれ、それが民間に波及し、新しいイノベーションを生み、製品開発を引き起こしました。しかし、今や民間の技術が軍事技術に移転されるのが一般的な形になっており、軍事技術の開発投資が経済を牽引するという状況は失われています。 戦争の経済効果は著しく減退、もしくは、財政負担要因として、マイナスに作用するようになっています。アメリカは2003年のイラク戦争を最後に、もはや大規模な国際戦争を起こし、介入するインセンティブを持たなくなったと言えます。 保守派を代表する現代史家のロバート・ケーガンは2014年、政治誌『The New Republic』に記事を寄稿し、オバマ政権の軍事抑制策を厳しく批判しました。『Superpowers don’t get to retire(大国は大国であることを辞めることができない)』と題された、ケーガンの記事は、世界中で、大きな反響を呼びました。 しかし、現在のアメリカは明らかに、かつてのような軍事覇権を維持することを辞めよう(「get to retire」)としています。 【宇山卓栄(うやま・たくえい)】 1975年、大阪生まれ。慶應義塾大学経済学部卒業。予備校の世界史講師出身。現在は著作家、個人投資家。テレビ、ラジオ、雑誌など各メディアで活躍、時事問題を歴史の視点でわかりやすく解説することに定評がある。最新刊は『世界史は99%、経済でつくられる』(育鵬社)。
『世界史は99%、経済でつくられる』 歴史を「カネ=富」の観点から捉えた、実践的な世界史の通史。 |
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