カネで読み解くビジネスマンのための歴史講座「第34講 ・15・16世紀のジョイント・ベンチャー」

フェルナン・ブローデル

フェルナン・ブローデル

ハイパーインフレはなぜ起きた? バブルは繰り返すのか? 戦争は儲かるのか? 私たちが学生時代の時に歴史を学ぶ際、歴史をカネと結び付けて考えることはほとんどありませんでした。しかし、「世の中はカネで動く」という原理は今も昔も変わりません。歴史をカネという視点で捉え直す! 著作家の宇山卓栄氏がわかりやすく、解説します。                          

ルネサンス都市


 ルネサンスは14世紀からはじまり、16世紀まで続き、イタリアを中心にして、西ヨーロッパ全域に拡がります。
 
中世の神中心の世界観からの脱却を図り、人間性の自由・解放を求め、ヒューマニズム(人間中心主義)に基づいて、ギリシア、ローマの古典文化を手本とし、人間存在を再生しようとしました。ルネサンスRenaissanceは英語でRenewal、再生や更新という意味です。

 十字軍遠征は12世紀から13世紀に本格化し、東方イスラム文化との接触により、東方貿易が推し進められ、地中海の中心に位置するイタリア諸都市が発達し、文化の基盤が築かれます。

 イタリアは西ヨーロッパにおける東方への玄関口として機能し、その経済的地位が固まり、ルネサンスもこうした大きな経済繁栄を背景として、イタリアではじまりました。

 ルネサンス期のイタリアは北イタリアの有力な都市共和国と中部のローマ教皇領、南部のナポリ王国に分裂していました。

 北イタリアのトスカナ地方の中心都市フィレンツェは東方・地中海貿易、毛織物生産、金融業で繁栄し、15世紀に金融財閥のメディチ家がフィレンツェ市政の実権を握ります。

 1453年にビザンツ帝国が滅亡し、ギリシアから古典学者がイタリアに多く亡命し、メディチ家が保護しました。コシモ・デ・メディチはフィレンツェにプラトン・アカデミーを開設、孫のロレンツォ・デ・メディチは専制政治を進めながら、ボッティチェリや若き日のミケランジェロなどの多くの芸術家を保護育成しました。

 ロンバルディア地方の中心都市ミラノは毛織物生産、鉄・武器生産で繁栄し、14世紀にヴィスコンティ家が支配、15世紀にはスフォルツァ家が支配しました。スフォルツァ家の当主ルドヴィーコ・スフォルツァは若いレオナルド・ダ・ヴィンチを保護育成したことで有名です。

 アドリア海に面するヴェネツィアは東方・地中海貿易で栄え、共和政をとっていましたが、13世紀、共和政が形骸化し、ダンドロ家、ティエポロ家、モロシーニ家といった名門から元首や議員が選ばれ、閥族政治が横行しました。

 49代目のドージェ(元首)のピエトロ・グラデニーゴは政治改革を断行し、共和政の伝統を守り、ヴェネツィア共和国の基礎を作りました。
 
 また、グラデニーゴは1295年、ジェノヴァ共和国の艦隊と戦い、1380年まで続くヴェネツィア・ジェノヴァ戦争を始めます。この戦いに勝利したヴェネツィアは15世紀、地中海の制海権を握ります。

利権闘争


 ヴェネツィアとジェノヴァは地中海交易の雄でした。12世紀以来、両都市はレヴァント(東方)との交易で大きな利益を上げていました。

 ヴェネツィアがエジプト・シリア沿岸、コンスタンティノープルなどを取り引き先とし、主に香辛料を扱っていたのに対し、ジェノヴァは黒海のクリミア半島沿岸部を支配し、中国に向かう中央アジア交易路(シルク・ロード)を押さえ、主に絹織物を扱っていました。

 イタリア半島の付け根の東側に位置するヴェネツィアは、アルプス山脈を東に迂回し、グラーツを経由して、ウィーンに到るルートでヨーロッパ内陸部と接続していました。

 半島の付け根の西側に位置するジェノヴァは、海路で西側に移動し、フランス南部沿岸やスペイン沿岸と接続していました。

 ヴェネツィアとジェノヴァは経済力では互角でしたが、ジェノヴァでは小貴族の内紛が続き、政治的結束が取れず、前述のように、14世紀、ヴェネツィアとの戦争に敗れました。ジェノヴァは交易路をヴェネツィアに奪われます。

ジェノヴァの逆襲


 ヴェネツィアとの争いに敗れたジェノヴァは東方貿易の利権を失いましたが、それまでの資本の蓄積が未だ残っていました。ジェノヴァを代表するサン・ジョルジョ銀行の預かり資産は莫大なもので、こうした余剰資本を新たに投下することのできる投資先が探し求められたのです。

 ジェノヴァはイベリア半島(スペイン)南部とアフリカ北西部沿岸に経済的拠点を設けます。そして、当時、イスラム勢力と戦い、イベリア半島で領土を拡げていたポルトガルとスペインの王権と深く結び付いていきます。

 ジェノヴァはモロッコの港湾都市セウタなどに、集まる黄金や物資の豊富さから、アフリカ大陸に大きな可能性を感じます。アフリカ大陸を南に回り込み、インドへと到達することのできる新航路の情報など、この頃、ジェノヴァは詳細に掴みはじめていました。

 そして、ポルトガルもまた、アフリカ大陸の新航路開拓に大きな関心を示しました。ポルトガルでは、リスボンなどの都市ブルジョワがワイン、オリーブ・オイルなどの輸出で、大きな利益を得ていました。1385年、ブルジョワ勢力に支援された王権(アヴィス朝)が成立します。

 このポルトガル王権はブルジョワと結託をし、新航路開拓で商業利益の拡大を狙ったため、ジェノヴァと思惑が一致しました。ジェノヴァはポルトガルに積極的に資金を拠出し、これを支援し、両者のジョイント・ベンチャーが立ち上がります。

 15世紀の大航海時代は、ヴェネツィアに苦汁を飲まされたジェノヴァの逆襲として幕を開けると言っても過言ではありません。そして、経済的には、地中海交易で蓄積された商業資本が新たな利益を求め、大西洋の大海原に飛び出していったと言うことができます。

 歴史家フェルナン・ブローデルは著書『地中海』で、「ジェノヴァは、何度も進路を変え、そのたびに必要な変貌を遂げた。外界を組織し、ついで、そこが住めなくなったり使用不能になったりすると捨て去り、別の外界を組織する。」と述べています。

【宇山卓栄(うやま・たくえい)】
1975年、大阪生まれ。慶應義塾大学経済学部卒業。予備校の世界史講師出身。現在は著作家、個人投資家。テレビ、ラジオ、雑誌など各メディアで活躍、時事問題を歴史の視点でわかりやすく解説することに定評がある。著書は『世界史は99%、経済でつくられる』(育鵬社)ほか。

世界史は99%、経済でつくられる

歴史を「カネ=富」の観点から捉えた、実践的な世界史の通史。




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