カネで読み解くビジネスマンのための歴史講座「第39講・ステイク・ホルダーという新しい発想」

株価

17世紀に株式会社の原型が成立する

ハイパーインフレはなぜ起きた? バブルは繰り返すのか? 戦争は儲かるのか? 私たちが学生時代の時に歴史を学ぶ際、歴史をカネと結び付けて考えることはほとんどありませんでした。しかし、「世の中はカネで動く」という原理は今も昔も変わりません。歴史をカネという視点で捉え直す! 著作家の宇山卓栄氏がわかりやすく、解説します。                   

株式会社の誕生


 16世紀後半、オランダとイギリスは、スペインのカトリック強制政策から逃れてきたカルヴァン派新教徒(プロテスタント)を保護し、彼らの商工業技術を活かして、発展しました。オランダは1581年、スペインから独立します。イギリスは1588年、アルマダ海戦で、スペインに勝ちました。

 オランダもイギリスも高い造船技術を有し、海外進出を積極的に進めます。 16世紀まで、ヨーロッパとアジアとの貿易の4分の3は中東経由でしたが、17世紀以降、オランダ、イギリスが自らの船舶により、アジアと直接交易します。「中飛ばし」された中東は没落しはじめます。

 この時代、フランスは、階級や宗教が複雑に絡み合う長期内戦(ユグノー戦争1562~1598年)に陥り、その力を発揮することができませんでした。

 スペインの衰退後、オランダとイギリスは世界経済の覇権を巡り、競合関係にありました。どちらが覇権を握るか、当時、簡単には予測できませんでした。海外進出には巨額の資金が必要であり、資金をより多く集めた方が、このレースを制することは明らかでした。

 オランダとイギリスの両国は17世紀初頭、植民公社の東インド会社という史上初の株式会社を樹立します。有価証券である株を発行し、それに年ごとの配当を付けて、売買なども自由にしました。東インド会社は今日の株式会社の起源となります。

 株式会社というものが組織的に創出されたことは、極めて画期的でした。それまでの事業体は債券や手形によって、資金を調達していました。

 当時の債券や手形は額面保証されているものの、事業体が破産すれば、出資金を回収できないことは、今日と同じでした。また、市場で、自由に相対取引もされました。当時の債券や手形の市場相場の価格は今日の株式並みに乱高下していたので、投機的な要素を強く帯びていました。

 株券が債券や手形と大きく異なる点は、株券の保有者(ステイク・ホルダー)が、その事業体の所有者となり、経営権を持つということです。株券を買うということは、他人の会社に出資をするということではなく、自らが会社のオーナーになるということです。

 オランダとイギリスは、東インド会社の設立によって、こうした新しい発想を市場に持ち込み、事業者を募り、事業展開の可能性を拡げました。

資金集めのレース


 東インド会社という名前は実にユニークです。東インド会社があったならば、西インド会社もあったのかと思われるでしょう。もちろん、西インド会社もありました。

 当時のヨーロッパ人にとって、インドというのはアジア全体を指す漠然とした言葉でした。コロンブスが新大陸に到達した時、アジアのどこかにたどり着いたというイメージがヨーロッパで共有されて、新大陸は西インドと呼ばれていました。新大陸がアジア(=インド)ではないと判明してからも、西インドという呼称が残ります。

 この西インドの対として、インド・東南アジア地域は東インドと呼ばれるようになります。従って、東インド会社はアジアを担当し、西インド会社は新大陸を担当しました。

 オランダとイギリスの東インド会社は株式会社の形態をとっていましたが、その内容は異なっていました。オランダの東インド会社は今日の株式会社と同じく、年ごとの配当を出していました。1602年の設立以来、200年間の平均株主配当率が18%でした。

 年の利回りが18%というのは、かなりの株主優待に見えますが、当時の長期金利が10%以上という国が少なくない状況で、妥当な水準でした。

 一方、イギリスの東インド会社は、一航海ごとに株券を発行し、資金を集め、船が帰国し、その積み荷を販売して得られた利益を投資額に比例して、分配するというシステムを取っていました。

 この場合、航海がうまくいき、高価な積み荷を満載できれば、出資額の数十倍のリターンを獲得できます。その代わり、船が事故に遭い、沈没してしまえば、出資金は回収できません。

 言わば、短期型のハイリスク・ハイリターンの投資商品となっていました。オランダ側は、一航海ごとで、大きな利益が出ようが出まいが、配当はほぼ一定の水準でした。

 イギリス東インド会社は株主責任を負わせていました。株主が会社のオーナーであるならば、本来、会社が外部に与えた損害などの責任は株主が負うことになります。そのため、株券を購入し、株主になるには覚悟が必要でした。

 どのような責任を負わされたとしても、逃げることはできなかったからです。イギリス東インド会社は株主の責任所在を明確にすることで、信用を得ようとしました。

東インド会社比較

東インド会社比較

オランダの東インド会社は、今日と同じく、株主責任を、集められた資金の範囲内に留め、有限化するとともに、株券を購入しやすくしました。しかし、責任を部分限定する会社に、社会的な信用がつくのかという疑問が当初、ありました。

 オランダとイギリスの東インド会社は、それぞれに一長一短ある運営方式を広告しながら、資金集めレースを展開していきました。

【宇山卓栄(うやま・たくえい)】
1975年、大阪生まれ。慶應義塾大学経済学部卒業。予備校の世界史講師出身。現在は著作家、個人投資家。テレビ、ラジオ、雑誌など各メディアで活躍、時事問題を歴史の視点でわかりやすく解説することに定評がある。著書には『世界史は99%、経済でつくられる』(育鵬社)ほか。

世界史は99%、経済でつくられる

歴史を「カネ=富」の観点から捉えた、実践的な世界史の通史。




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