マイリハビリメニュー[楽しくなければ闘病じゃない:心臓バイパス手術を克服したテレビマンの回想記(第43話)]

階段

「勤め先近くの階段 上りは土踏まずで段を踏み、下りはつま先で着地」

無理はしないが立てた目標は完遂


「リハビリではあまり無理をしないように」と医療スタッフはありがたい言葉をくれた。

 退院直後はスーパーや駅で体調を崩し、周囲に迷惑をかけたこともあるので、やりすぎないように心掛けた。しかし、少し歩けるようになると、向上意慾がでてくる。

「もっとやればもっと体力回復につながるのではないか」。そんなときに自らを奮い起こそうとして読んだのが『完全職場復帰―心筋梗塞リハビリ戦記』。

 しかし、ボクはこの著者のようにはできないと思った。なにしろ、「(リハビリ運動中に)痛みが出たら、更に努力して痛みが消えるまでやろう」というのだから不測のことだって起きないとは限らない。

 著者は働き盛りのビジネスマンだが、フェールセーフ(失敗しても安全であること)をどう考えているのか疑問が残った。

「無理をしないで」という先生方の言葉を斟酌したうえで、もっとリハビリの質量を高めるためにはどうしたらよいのか。

 ボクは4つの課題を自分に課した。今ではこれが毎日のリハビリのメルクマールになっている。

1、歩数は1万歩を欠かさない。
2、中強度運動は速足で30分以上歩く。
3、階段は累計で200段を昇る。
4、片足立ちでバランス力をつける。

 1と2は歩数計が計測してくれる。3についてはなるべくエレベーターやエスカレーターは使わない。

 階段を降りるときはつま先で降りる。昇る時はかかとではなく「土踏まずで段を踏む」方法だ。その方が楽に感じる。「ボクはこれで階段児になるぞ」てな意気込みだ。

 4については、自宅でも勤務先でも簡単にできる。目標は1回1分以上。建物や駅舎内でやむを得ず乗り物を利用するときも片足立ちを心がける。相手は動いているのだから、バランス感覚の養成にはもってこいである。

女性理学療法士の一言


 このオリジナルリハビリを心がけるようになるにはきっかけがあった。退院後の通院リハビリで心リハ室のOさんという若い女性の理学療法士から「境さんは心臓が弱いから鍛えましょう」といわれた。

 それまで「心臓が強いね」と言われたことはあっても「弱い」と言われたことはない。病気だから仕方がないと思ったが、女性から言われたら頑張るしかない。それがボクのリハビリの原点だ。

 4つの目標のうち、歩数計にたよらざるを得ないのは歩数と中強度運動である。歩数計では一般的な目標として「1日8000歩、中強度20分」になっている。

 心リハ室のK看護師さんが、これを10000歩、30分に設定し直してくれた。この人も頼もしき女性だ。やっぱり「やるっきゃない」。

リハビリは意思の問題


 入院中、甥が車いすで見舞いに来てくれたことがある。40代のこの甥は3年前、脳出血で倒れ、一命をとりとめたものの、半身不随に陥り、車いすでの移動を余儀なくされた。

 しばらくリハビリ施設に入っていたが、そのリハビリ魂がすごい。1日2万歩をノルマにしていたという。

 車いすを操り、電車やバスを乗り継いで来院してくれたこともうれしかったが、体験談を語ってくれた言葉にも感動した。

「おじさん、リハビリは意思の問題ですよ。やる気が大切です」。彼は今では杖も使わず、出勤している。

 脳腫瘍に倒れ、左半身がマヒした亡妻もリハビリには努力した。病後の彼女をフランスはモンサンミッシェルに連れて行ったことがある。

 島全体が教会みたいなこの島で、彼女は上り坂を杖をついて、一歩一歩地面の感触を確かめるように登り、周囲の観光客の拍手を浴びたことがある。

「リハビリは意思の問題だ」と言った甥の言葉は今でもボクを支えている。

「老いては甥にも従え」である。

協力:東京慈恵会医科大学附属病院

【境政郎(さかい・まさお)】
1940年中国大連生まれ。1964年フジテレビジョン入社。1972~80年、商品レポーターとして番組出演。2001年常務取締役、05年エフシージー総合研究所社長、12年同会長、16年同相談役。著者に『テレビショッピング事始め』(扶桑社)、『水野成夫の時代 社会運動の闘士がフジサンケイグループを創るまで』(日本工業新聞社)、『「肥後もっこす」かく戦えり 電通創業者光永星郎と激動期の外相内田康哉の時代』(日本工業新聞社)。




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