世界文化遺産から読み解く世界史【第50回:歴史の「長波」で世界史を見よう】

姫路城2(世界文化遺産)

世界文化遺産に登録されている姫路城


歴史は経済史観だけでは理解することができない

 第二次大戦後の歴史の学説の一つとして、アメリカの経済学者ウォーラステインは、17世紀以降、世界のシステム化が行われた、すなわち資本主義化が成立したことを強調しています。それは、「近代世界システム」というものがヨーロッパを中心として資本主義によってつくられていくというもので、それが「世界システム」となったことをこの学者は主張しているのです。それと同時に、世界の文化が西洋化していったというのです。

 この西洋中心主義は、まさに西洋が、中南米だけでなく、アジア、アフリカからの収奪に基礎を置く植民地主義によって、文化までも普遍化していったということをいっているのです。つまり彼は、あらゆるものを経済システムに統合してしまっているのです。

 この歴史観は、何よりも合理性、経済性といった「近代」の価値観に基づいています。しかし歴史は、そのような経済史観だけでは理解することはできないのです。こうした経済史的な世界史の把握は、当然、文化史的な観点を看過してしまいます。マルクス主義的な考察の欠陥といっていいでしょう。

歴史の「長波・中波・短波」

 これに対して、戦後の歴史家であるフランスのフェルナンド・ブローデルが文明史観を重視して、そこに歴史の構造をとらえました。それは、彼の地中海研究に基づいているものですが、彼は歴史を「長波・中波・短波」の三層構造でとらえることを提唱しました。

 その表層には過ぎ去る歴史と、個人および出来事史という「短波」があり、そしてゆっくりとリズムを刻む社会の歴史、すなわち人口動態や国家の興亡、戦争などの「中波」があり、さらにもっと深層における不変の、あるいはほとんど動くことのない自然や環境などを長期持続するものとしてとらえ、これを「長波」の文明といっているのです。

 特に最後の長期持続の層を重視する点で、従来の歴史学が政治、経済などの短波あるいは中波を中心に論じているのに対して、彼は歴史の中の持続性というものに注目しているのです。

日本の歴史は「長波」でしかつかむことができない

 私は、このブローデルの三つ目の長期持続の考え方に、文化史の基礎があると考えています。これは日本の歴史をとらえるのにもふさわしい考え方であると思います。この長期持続というところは、風土に基づくものであり、そこには民族の共同信仰が形成されているのです。私は、それが日本の場合は神道であると見ているのですが、こうしたブローデルの歴史の見方は、日本の歴史を理解する上でもたいへん有効だろうと考えています。

 日本の多くの伝統文化は、そうした「長波」でしかつかむことができません。そこには文化的視点が入っており、新しい歴史観にとっては重要な視点です。ただ、残念ながらブローデルは、そうした文化史を中心に据えて、歴史を書いてはくれませんでした。

 私は今日の「世界文化遺産」の設定ほど、その「長波」による世界史の見方を要請しているものはないと思います。

 世界史というものは、政治・経済の価値観だけで書かれるべきものではなく、文化的価値観を中心に書かれなければならないということを、世界文化遺産は物語っているのです。

(出典/田中英道著『世界文化遺産から読み解く世界史』育鵬社)

【田中英道(たなか・ひでみち)】
東北大学名誉教授。日本国史学会代表。
著書に新刊『日本国史――世界最古の国の新しい物語』のほか『日本の歴史 本当は何がすごいのか』『[増補]日本の文化 本当は何がすごいのか』『[増補]世界史の中の日本 本当は何がすごいのか』『日本史5つの法則』『日本の戦争 何が真実なのか』『聖徳太子 本当は何がすごいのか』『日本文化のすごさがわかる日本の美仏50選』『葛飾北斎 本当は何がすごいのか』など多数。

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