【連載小説 江上剛『一緒に、墓に入ろう。』Vol.17】 墓の管理を押し付ける実家の妹、「墓を頼む」と遺言した母。一体どうすれば……

帰りの新幹線で延々と葬式の愚痴をぶちまける妻が「私、決めたわ」と強く言った

「なに、笑ってるのよ」 相変わらず不愉快そうだ。 「悪い悪い、ちょっと考え事をしていたんだ」 慌てて謝る。 「あなたはいいわね。勝手なことばかり考えていればいいんだから。私は、許せないって気持ちね」 目が吊り上がり気味だ。どうしたのだろうか。何が小百合をこんなにも不機嫌にしているのか。 「どうしたんだ、いったい」 「あなたがへらへらしているから何もかも清子さんにしてやられたじゃないのよ。こうやってお母様の遺骨を持ち帰るのもそうだけど、葬式費用はみんなこっち持ち、少ないだろうけど香典は皆、清子さんが持って行ったわ。あれ、おかしいでしょう。香典って葬儀業者にあれでお支払いするんじゃなかったの。でも支払いは、こっちが持参したお金でまかなえたんじゃない? あの香典は清子さんが自分の懐に入れるの?」 「まあ、いいじゃないか。あいつもお袋の面倒をいろいろと診てくれたんだから」 渋い顔で言う。 「あなたはいつもそうやってどっちつかずのへらへらばかり。形見分けでも清子さんたら浅ましいのよ。お母様が残された着物や貴金属を皆、あの人が持って帰ったんだから」 抑え気味とはいうものの新幹線の車内にいる他の乗客に聞こえないかとはらはらする。 「お前が要らないと言ったからだろう?」 困惑した顔で答える。 「そりゃ言ったわよ。悪いけど、お母様の着物や貴金属は要らない……」小百合は、何かを思い出したように言葉を切った。「一つだけペンダントの可愛いのがあったわ。金のチェーンにペンダント部分にダイヤモンドが一つ。派手じゃなくて、上品で、あれ、欲しかったな。でもね、一応、儀礼的に『要らないです』って言うものじゃないの」 「欲しかったら、欲しいって言えばいいのに」 余計な一言を口にしてしまった。 「そうよ、言えば良かったのよ。田舎の人ってどうしてあんなに厚かましいの。私の返事を聞くか、聞かないかで、『そりゃお姉さんは都会暮らしですから、こんなもの要りませんよね。いい物いっぱい持っていらっしゃるでしょうから』って言って、私が欲しかったペンダントを持ち上げて『これ、どうせ偽物ですから』とニヤリ。ああ、腹立つ!」 今にも悲鳴を上げそうだ。 「まあ、聞き流すけど、あんまり俺の前で妹の悪口を言うなよ。あまり気分がいいものじゃない」 俊哉は苦言を呈する。 「そりゃ兄妹ですものね。でも少しは私の肩を持ったらどうなの」小百合は俊哉を厳しい目で睨み、「私、決めたわ」と強く言った。 「何を決めたんだ」 訝し気に聞く。 「清子さんの前でも言ったけど、いよいよ決意が固まったの。あのお墓には絶対に入らないってこと。そして今、六十四歳だからお墓なんかの終活の準備をして子供たちに迷惑をかけないようにするってこと」 いいわね、と有無を言わせぬ、決意をあらわにした顔を俊哉に向ける。 「まあ、そう簡単に、急いで結論を出すな」  ほとほと弱った顔で、宥める。 「急ぐなって言うけど、もう始めないといけないわよ」 「俺自身の墓でもあるんだから、俺の意見も聞けよ」 少し怒ってみた。 「あなた、私と一緒にお墓に入りたいの?」 小百合が他人の腹の中を探るような目つきをする。嫌だなぁ。 「そりゃ夫婦だからな。一緒に入るのが当然だろう。だから墓をどうするかは俺の意見も聞いてくれよ」 眉根を寄せる。 「分かったわ。墓を東京に求めるとしても費用はあなたのお金だから、あなたにもそこに入る権利があるわね。よく考えておくことにします。一緒に墓に入っても、あれしろ、これはどうなったって命令しないでね。ああ、そうそう、トイレでおしっこする時、あれだけ何度も言っているのに、どうして座ってしてくれないのよ。尿が飛び散って、汚いの。掃除する身にもなって。あなたのそういう人の意見を聞かないところが嫌なの、私」 思い切り顔をしかめている。 「トイレの話は今、関係ないだろう?」 俊哉も思わず嫌な顔になった。 「関係あるわよ。とにかくあなたは都合が悪くなると、まあいいじゃないか、どうでもいいじゃないか。いいじゃないか病よ。一度だって私の話、聞いてくれなかった。自分の都合で命令するばかり。そりゃ、俺は働いてんだぞって露骨な顔はしなかったけど、そう言いたいのがありありだわ。トイレのおしっこも汚せば、私が拭けばいいとしか思っていない。お墓だって、それほど真剣に考えていない。私、無縁仏になるのだけは嫌だから」 これ以上ないほどのブーイング顔だ。 「もう、この話題は止めよう」 俊哉は、小百合に話の打ち切りを告げた。 「あなたはそうやっていつも逃げるわね。でもあなたの実家のお墓には絶対に入らないから。だからお母様のお墓をどうするかということからは逃げないでよ。お母様の四十九日の納骨までには結論を出すつもりだから、私」 小百合は真剣だ。 「ええっ、お前、本気か」 「本気よ。早く結論を出したいの。お母様からも遺言されましたからね。お墓を頼むって」 小百合は、俊哉を見て、唇を薄く開けた。笑っているのか、どうかは分からない。しかし唇が妙にてらてらと滑り、赤さが際立っているように見える。 小百合は隣の席に座っている。隔てているのは、狭い通路だけだ。しかし、小百合がものすごい速さで遠ざかって行くような錯覚を覚えてしまった。 小百合の考えが読めない。 <続く> 作家。1954年、兵庫県生まれ。77年、早稲田大学政治経済学部卒業。第一勧業(現みずほ)銀行に入行し、2003年の退行まで、梅田支店を皮切りに、本部企画・人事関係部門を経て、高田馬場、築地各支店長を務めた。97年に発覚した第一勧銀の総会屋利益供与事件では、広報部次長として混乱収拾とコンプライアンス体制確立に尽力、映画化もされた高杉良の小説『呪縛 金融腐蝕列島II』のモデルとなる。銀行在職中の2002年、『非情銀行』でデビュー、以後、金融界・ビジネス界を舞台にした小説を次々に発表、メディアへの出演も多い。著書に『起死回生』『腐食の王国』『円満退社』『座礁』『不当買収』『背徳経営』『渇水都市』など多数。江上剛
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