【連載小説 江上剛『一緒に、墓に入ろう。』Vol.17】 墓の管理を押し付ける実家の妹、「墓を頼む」と遺言した母。一体どうすれば……

メガバンクの常務取締役執行役員にまでのぼりつめた大谷俊哉(62)。これまで、東京で勝ち馬に乗った人生を歩んできたものの、仕事への“情熱”など疾うに失われている。プライベート? それも、妻はもとより、10数年来の愛人・麗子との関係もマンネリ化している。
そんな俊哉が、業務で霊園プロジェクトを担当している折、兵庫県丹波にある実家の母が死んだ。
地元で暮らしてきた妹は嫁いだ身を理由に、墓を守るのは俊哉の役目だと言って譲らない。妻は田舎の墓に入りたくないと言い出す。
とりあえず、納骨までは母の遺骨を東京で預かる羽目になった。
順風満帆だった大谷俊哉の人生が、少しずつ狂い始める……
「墓じまい」をテーマに描く、大人の人生ドラマ――

第三章 麗子の深情け Vol.17
   
ちらっと目線を上げて、棚を見る。
「おい、お袋をあんな所に置いていいかな」
新幹線のグリーン車の棚に風呂敷で包んだ、骨壺の入った木箱を載せている。
結局、清子や健太郎と話し合った結果、四十九日の後の納骨の日まで母澄江の遺骨を、俊哉が東京の自宅で預かることになってしまったのだ。
澄江が住んでいた俊哉の実家は、広く、戸締りが不完全だ。田舎では、不審者がいたらすぐにわかるため、どの家もたいてい戸締りはしない。
清子は、それでも、もしってことがある、と言って譲らなかった。泥棒が入って来て、ついでに遺骨を盗む不届き者がいるかもしれないというのだ。
俊哉は、遺骨なんかなんの価値もない、盗む者がいるなんてことはない、と言ったが、清子は、有名人の墓から遺骨が盗まれる事件があると反論する。
俊哉は、あれは有名人だからだ、と言い返した。すると、兄ちゃんは銀行の偉い人だから、他人に恨まれているかもしれない、そういう人が兄ちゃんを困らせようと、遺骨を盗む可能性があると、再反論する。
あんぐりと口を開けて、呆れた顔で俊哉は清子を見つめた。
俺を恨む奴が、母親の遺骨を盗むだって? ありえない。思わず、馬鹿なことを言うなと声を荒らげてしまった。
すると清子は、この世の終わりだとでもいうような悲しい表情になり、母さんがかわいそうだと言い出した。
俊哉は、清子をなだめつつ、納骨までの遺骨の保管を頼んだが、どうしても聞き入れてくれない。俊哉を恨めしそうに見つめて、そんなに母さんが邪魔なのか、とまで言い出す始末。
諦めて、じゃあどうすればいいんだと居直ったら、納骨まで兄ちゃんが東京で預かって御詠歌をあげてくれたら、母ちゃんが喜ぶと思うけどと言い出した。
えっ、また納骨の時に、これを持って帰ってくるのかと驚くと、「当然よ」と清子は、言い放った。
それはないよ。
なぜ、「それはないよ」ってどういうことなん? 母さん、喜ぶと思う。子供の頃、母さん、東京に行ったって話したでしょう。やっとゆっくり東京見物できるやないの。
呆れて返す言葉を失った。
戦前、澄江が東京に奉公の為に上京したという話を清子から聞いた。そんな話は一度も聞いたことがなかったから、驚くとともにどうして息子である自分にその話をしてくれなかったのかと不思議に思った。息子に話せないような問題があるはずがない。清子にだけ話すのも奇妙だ……。そんな思いが頭の隅に引っかかっていたが、清子が、遺骨を東京に持ち帰るように提案した瞬間、あれ? と思った。

清子の作り話ではないのか?

遺骨を東京に持ち帰らせ、保管させるためだ。
清子が何もかも巧妙に仕掛けているのではないか……。
なんの目的で?
面倒なことは俊哉に任せ、自分は財産だけをもらうため……。
いやいや、いくら何でも血を分けた妹だ。そこまで悪辣ではないだろう。
しかし、一旦、疑いの目で見ると、清子が、妙にサバサバしているように見え、俊哉に隠れてしてやったりと舌を出している気がしてならない。

清子は、じゃあ、お願いしますね、これで私たちは帰りますから、あとは納骨の時に会いましょう、スケジュールなどは、私の方で法願寺さんと打ち合わせしておきますから、また、メールするわと言い残し、健太郎とさっさと帰ってしまった。
「そんなに気になるなら、隣が空いてるから、そこに置いたら」
小百合がつっけんどんに言う。
「じゃあ、そうするかな」
俊哉は、立ち上がり、棚の遺骨を両手で抱えて下ろすと、誰も座っていない隣の席に置いた。
名古屋、新横浜、品川の駅で誰も乗ってこないことを祈りたい。
「あなたもそっちに座ったらいいじゃないの。お母様、ぽつんと置かれていたら寂しいでしょう。それに不審物だと思われるわよ」
固い表情のままだ。
「いいかな? 車掌さんに怒られないかな」
「大丈夫でしょう? 遺骨だって言えば、無下な扱いはしないわよ」
「分かった。じゃあ、移ることにする」
俊哉は、小百合の隣の席から通路を隔てた隣の席に移る。窓側の席に母澄江の骨壺が収められた木箱を置く。

──母さん、四十九日まで一緒だよ。思えば、亡くなってからじゃなくて元気な間にもっと一緒に暮らすべきだったね。親孝行、したいときには親は無し、か。本当に上手いことを言うものだな。

俊哉は目の奥がじんわりと熱くなってくるのを感じていた。葬儀の最中は、悲しさを覚えなかったが、このような小さな箱に澄江が収まってしまったのかと思うと涙がこぼれ落ちそうになった。

「ねぇ」

小百合が、俊哉に振り向き「あのお坊さん、嫌だったわね」と切り出した。
「法願寺の住職か?」
「他に誰がいるの? あのお坊さんだけじゃないの。お経を上げながら、咳ばかりしてさ。本当にへたくそだった。あれじゃお母さま、かわいそうね」
「まあ、あんなものだろう。僕の子供の頃はさ、品のある住職さんがいたけど、その方が亡くなった後、後任として法願寺に来たんだろうね。お坊さんの世界も本山の指示で転勤があるんじゃないの」

法願寺の境内は、子供たちの遊び場だった。桜が咲く季節には花祭りがあった。
正式には、四月八日に行われる灌仏会(かんぶつえ)だったのだろう。
境内には多くの人が訪れ、あでやかな花に飾られたお堂の中に小さな仏の像があり、それに甘茶をかけた。仏は右手を空高く上げ、天上天下唯我独尊と言っていると母澄江から教えられたが、その意味も、またなぜ甘茶をかけるのかもわからなかった。ただ境内の中に多くの店が出ていたので、そこで綿あめなどを買ってもらった記憶がある。
今も、花祭りをやっているのだろうか。

「お礼を弾み過ぎたんじゃないの。清子さんに上手に乗せられて」
「十万円だよ。多かったのかな」
「相場は五万円だって事前に清子さんに聞いていたじゃない。それなのに葬式にあまりお金がかからなかったからといって、あなたが『五万円でいいのか』なんて改めて聞くものだから、清子さんが『兄ちゃんは銀行の偉いさんなんやから十万円にしといたら』とか言われたんでしょう」
小百合の言う通りだ。葬式費用にと百万円を持ってきたのだが、本当に身内だけの葬式だったので五十万円で済んだ。それで僧侶への謝礼を少し引き上げてもいいかと思い、清子に相談して五万円を十万円にしたのだ。
「でも、安く済んだからいいじゃないか」
「私、見たのよ」
小百合が険のある目付きで俊哉を見つめる。怒っているのか。
「何を見たんだ?」
「あのお坊さん、あなたがお礼を渡したら、ちょっと隠すようにして中身を改めたのよ。そして口元を、こうやって」
小百合は口角の右端だけを引き上げた。
「うっすらと笑ったの。いやぁね、お金に卑しいって感じだったわ。あんなところで中身を確認することはないじゃないの」
「そうだったの? 気付かなかったなぁ。普段より多めに入っていたから嬉しかったんじゃないの? これからもお世話になるんだからいいじゃないか」
軽くいなすように言う。
「私、あんなお金の亡者の世話になんかならないから」
さらに剣呑(けんのん)な言い方。金の亡者と切り捨てるほどのことじゃないだろうに……。
「まあ、そう怒るな。田舎は人口減少で檀家が少なくなっているから、お坊さんも大変なんだよ。葬式はいい稼ぎになるだけ一回やれば終わりだから二回死ねないから。あはっ」

俊哉は、自分の言葉に自分で笑った。
銀行員である俊哉は、すぐにマーケットを考えてしまう。結婚式は、行う人もいれば、行わない人もいる。少子化と結婚年齢の高齢化のために市場規模は縮小するだろうという予測がある。ある企業の調査によると、現在の市場規模は約三兆円。なかなかの規模だ。これを減らさないで増やしていくためには出会いから結婚、新婚旅行、新婚生活までをフォローする必要があるだろう。そして年間二十数万件もある離婚に注目し、離婚式や再婚式などもマーケットとしてとらえねばならない。
 離婚式はまだ一般的ではない。しかし最近は、どろどろな関係で別れるより、転校かなにかで離ればなれになるような感覚で「別れてもいい友達でいようね」という元夫婦も多い。そんな幸福な別れを友達に祝福してもらいたいというニーズがあるはずだ。
 また再婚というと、もっぱら地味になってしまう。夫が年配で再婚、妻が若くて初婚という場合や夫婦とも高齢で再婚という場合など、いろいろなケースがある。それらを遠慮せずにお祝いしましょうという世間の空気を醸成していけば、再婚式も新たなマーケットになるのではないか。
 もう一方の葬式は、これも企業の調査だが、約二兆円の規模だという。そして団塊の世代などが亡くなって行く二〇四〇年頃が死亡数のピークになるらしい。少なくとも今後、二十数年は、マーケットが拡大していく予測だ。
 しかしここにも課題がある。年々派手な葬儀はやめ、家族葬、火葬場で読経だけで済ます直葬(ちょくそう)などが増えているからだ。
 自分の死で、家族らに迷惑をかけたくないという人が多いのだろう。死亡者数は、年々増加していくが、それにつれてマーケットが順調に拡大していくとは限らない。それに俊哉が指摘した通り、人生で葬式は一回やればお終いだ。結婚式のように二回、三回と数多く実行するわけにはいかない。

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帰りの新幹線で延々と葬式の愚痴をぶちまける妻が「私、決めたわ」と強く言った

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