自衛隊員募集問題より深刻な自衛隊へのネガティブキャンペーン

自治体は自衛官の募集に協力していない?



 安倍晋三首相が、2月の自民党大会での演説や国会で、自衛隊員の募集業務に協力していない自治体が全体の6割以上に及んでいると発言したことが、議論を呼んでいる。朝日新聞や野党などは、自治体の「約9割が募集に協力している」として、首相の発言は間違いだと批判している。

 自衛隊法と同法施行令は、隊員募集に必要な資料の提出を、自治体の法定受託事務としており、防衛省は自治体に、募集対象者の氏名、生年月日、性別、住所のデータを載せた名簿を、紙か電子媒体で提供するよう求めている。

 しかし防衛省によると、全国1741の市区町村のうち、2017年度に自衛官の採用活動に必要な住民基本台帳に基づく氏名などの個人情報を、紙や電子データで提供したのは632(36.3%)で、残りの自治体は提供しなかった。

 ただし、残りの1109(63.7%)のうち、587(33.7%)は18歳などの採用条件に該当する人の住基台帳の閲覧、書き写しは容認し、344(19.8%)は全ての住基台帳の閲覧などは認めていた。

 これらの自治体について、過疎地で人口が少ない自治体を除く53%の市区町村では、募集業務に当たる隊員が、住民基本台帳法の規定を用いて、膨大な資料を手書きで写したり、閲覧したりした。

 この結果について、安倍首相は、「膨大な情報を自衛隊員が手書きで書き写している」などと指摘し、6割以上の自治体で協力を得られなかったと主張し、朝日新聞や野党は、36.3%に53%を加えた約9割が協力したと言っているということになる。

 だが、この結果をどう評価するかより、もっと深刻な問題は、人口減少社会の日本で、長年、自衛隊は慢性的な隊員不足を抱えており、募集活動に苦労しているということである。

 この問題について、元在沖縄海兵隊政務外交部次長で、自衛隊と長年仕事をしてきたロバート・D・エルドリッヂ氏が、3月発売の最新刊『人口減少と自衛隊』(扶桑社新書)の中で詳しく取り上げているので、紹介したい。

3月4日発売のロバート・D・エルドリッヂ氏の最新刊『人口減少と自衛隊』(扶桑社新書)


深刻な自衛隊の隊員不足


 国民の支持がありながらも、自衛隊は少子高齢社会によって、人材確保がますます困難になっています。18~26歳の入隊資格を持つ国民数は平成6(1994)年の1700万人をピークに、平成27年には1100万人にまで減少し、平成29年は、ついに1000万人を割りました。

 そこで自衛隊は平成29年10月から、採用年齢を26歳から32歳に引き上げました。

 しかし、前提として押さえておかなければならないのは、自衛隊発足から60年間以上、ほとんどの時期で、兵力は維持できていなかったという事実です。大半の部隊が、募集定員を充たすことが、過去になかったのです。

 その要因は、もちろん一つではありません。

 ひとつは、再び軍事大国化するのではないかという国内外の不安からの防衛費の抑制です。特に三木武夫内閣が、昭和51(1976)年に、防衛費の上限を当時はGNP(国民総生産)の1%以内に抑制する閣議決定をしたことは、その象徴です。人件費は防衛費から支払われますので、自衛官の給料も低く抑えられることになります。

 日本は、戦後飛躍的な経済成長を遂げ、特に昭和29(1954)年から昭和48年までの約20年間には、「神武景気」「岩戸景気」「オリンピック景気」「いざなぎ景気」「列島改造ブーム」と呼ばれる好景気が立て続けに起こり、「高度経済成長」の時代とされています。そうした中、もちろん民間会社の給料は上がり続けます。

 一方で、国防費はほぼ横ばいを維持していますので、民間会社と競合するだけの金銭的な魅力が自衛隊にはありませんでした。重大な責任も背負う職務であるにもかかわらず、民間会社と比較して低賃金であるという問題があり、防衛庁(平成19年以降は防衛省)も、そうした視点での改善を行わなかったのです。

自衛隊へのネガティブキャンペーン


 そして何より、自衛隊が憲法違反の存在であるとする人々の影響が、やはり大きいと言わざるを得ません。特定の思想を持った国内の活動家、学術関係者、メディア、教職員組合などの労働組合、一部の政治家は、長年にわたって自衛隊が非合法的存在であることを訴え続け、自衛官を「税金泥棒」呼ばわりさえしたこともあり、その子供たちをいじめたりしていました。

 また、自治体によりますが、住民票を発行しなかったため、入学・転校ができず、他の行政のサービスを受けることができないということもありました。そして、高等学校や大学機関に対し、自衛隊隊員募集ポスターの掲示を行わないよう圧力を掛けさえしたのです。大人が子供たちに、決して憧れてはならない職業と教えたのです。

 私自身の経験ですが、平成13(2001)年から21年まで、国立大学である大阪大学に勤めていました。平成13年秋より、当時の防衛庁の大阪地方連絡本部(平成19年より、防衛省に昇格して、大阪地方協力本部に改名)と共同で授業を提供しました。Workshop on International Security(WINS=国際安全保障ワークショップ)という講座でしたが、同大学院生や留学生をはじめ、防衛大学校の大学院で研究している現役の自衛官などと一緒に勉強して、北東アジアの安全保障や日本国内の災害の対応などさまざまな想定を踏まえて議論を交わしていました。

 ある年、自衛隊の募集ポスターを、准教授として教えていた国際公共政策研究科の棟内に掲示しようと思って、一階にある教務係長に依頼したところ、快く貼ってくださいました。しかし、いつの間にか当時の研究科長(法律の専門家)の指示で、取り下げられてしまったのです。連絡、相談や報告がありませんでしたが、気付いた私が理由を聞いても、意味不明で納得できません。そこで、自衛隊の募集課の方々に棟内に来てもらい、説明会を開いてもらいました。少なくとも、院生に予備自衛官制度の存在を知ってもらいたかったのです。

 私がやはり納得できなかったのは、みなさんが想像できるように山ほどありました。いずれの理由にも共通しているのが、イデオロギーを教育の現場に持ち込むという問題です。簡単に言いますと、イデオロギーが教室に持ち込まれることで、異なる意見のある生徒や学生の言論の自由が失われ、また将来の仕事の選択の自由が奪われることにつながります。

 これは本人にとっての悲劇だけではなく、国にとっても大きなロスです。より自由に考え、教育されている市民や人材がなかなか育てられないからです。教育は、何を考えるべきかではなく、どうやって考えるかがポイントです。

 自衛隊募集に対する大学の消極性、反発は、憲法第23条に反すると考えています。憲法第23条では、「学問の自由は、これを保障する。」としています。通常は、教員たちが国からの統制なしで自由に研究ができる権利と思われているようです。しかし、当然、学生たちにも「学問の自由」があり、したがって、先生の思想によってある考えや立場を無視して、公平に取り上げない、あるいは一切教えないのは、学生たちの知る権利、勉強する「学問の自由」を奪っているのです。

 高校や大学は自ら将来の進路を考えようとしている学生たちに、優秀な人材を欲しがる政府機関の情報の提供を阻もうとし、その結果、大学は、学生たちの将来の機会を奪っています。これは言ってみれば、憲法違反です。

 すなわち、日本国憲法第22条によれば、「何人も、公共の福祉に反しない限り、居住、移転及び職業選択の自由を有する」。厳格に言えば「職業選択」は「職業」を「選択」する際でしょうが、「選択」するために必要な情報が提供され、すくなくとも、積極的な共有でなくとも、阻むことはできないのが、第22条の精神ではないでしょうか。

 しかも、おかしいのは、公立や国立の学校、大学は、納税者の税金で運営を賄っていますが、国に最小限の協力しかしないのは、ルール違反としか言いようがありません。

 ということで、高校や大学で、自衛隊に募集の機会を与えないのは、学生や生徒にとって大変な人権損害で、したがって憲法違反だと私はみています。

 さらに言えば、学校や大学が生徒や学生たちに自衛隊の募集を知らせないことや、自衛隊そのものについて軽蔑的な見方をすることによって、好ましくない職業との強烈なイメージを持たせること、防衛大学校などへの進学、自衛隊への入隊などの話を批判したりするのは、いわゆるネガティブキャンペーンです。

 国益を考えると、これは大問題です。なぜなら、自衛隊にいい人材が集まりにくい状況をつくっているからです。

 この間テレビニュースで、中学生を対象にしたアンケートで、将来の希望している職業について聞いたところ、1位がITエンジニア、2位がゲームプログラマー、3位がユーチューバーという結果が出ただそうです。2001年に実施した時の結果は、1位がサラリーマン、2位がスポーツ選手、3位が学校の先生でした。いずれの年の結果にも、自衛隊はトップ3に入っていません。

 別のより詳しい調査(2016年)では、自衛隊はトップ10にも入っていません。

 たとえ低賃金であったとしても、多くの国民からリスペクト(尊敬)される存在であれば、それは強い動機になるでしょう。また本人に強い愛国心があり、国防という職務に心からの誇りを感じれば、自衛官を目指すでしょう。

 しかし自衛隊は、時には「税金泥棒」と呼ばれてその存在自体を否定され、教育現場では、日教組(日本教職員組合)や全教(全日本教職員組合)によって、日本はとにかく戦争で残虐なことをした悪しき国であるという「自虐史観」が教え込まれていました。こうした状況で、自衛官に多くの、そして優秀な人材が集まる方が不思議なぐらいでしょう。

 平成23(2011)年に発生した東日本大震災など、大規模災害における自衛隊の懸命な活動は、多くの国民に感謝の念を抱かせ、支援、関心が高まりました。しかしそうした思いが、まだ入隊動機を上げるインセンティブ(誘因)まで結びついてはいないというのが現状です。

ロバート・D・エルドリッヂ
1968年米国生まれ。政治学博士。神戸大学大学院法学研究科博士課程修了。大阪大学大学院国際公共政策研究科准教授、在沖縄海兵隊政務外交部次長を経て、現在エルドリッヂ研究所代表。3月4日に最新刊『人口減少と自衛隊』(扶桑社新書)が発売。その他の著書に『トモダチ作戦』(集英社)、『オキナワ論』(新潮新書)、『尖閣問題の起源』(名古屋大学出版会)、『硫黄島と小笠原をめぐる日米関係』(南方新社)等多数。

人口減少と自衛隊

人口減少について日本人は社会保障や経済ばかり心配しています。 しかし、人口減少で最もダメージを受けるのは自衛隊です。 元米海兵隊幹部で、自衛隊と長年仕事をしてきた著者ならではの視点による「自衛隊員激減」を防ぐための十五の提言!





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