世界文化遺産から読み解く世界史【第66回:皇帝権力の象徴――故宮】

故宮(縮小)

故宮午門

故宮と御所の違いでわかる中国と日本

 北京にある故宮、紫禁城は、明と清の両王朝によってつくられた巨大な宮廷建築です。1406年に明の永楽帝が南京にあった宮殿を手本に造営を開始し、1420年に完成したといわれます。以来、500年、24代にわたって皇帝の居城となりました。東西753メートル、南北961メートルという広大な敷地の中に、800棟にもなる約15万平方メートルの建物が建てられています。  この建物を高さ10メートルの城壁が囲み、幅52メートルの濠がめぐらされています。絶対外から入れないような構造、鉄壁の守りといってもいいものです。これは、日本の御所と比べたら、非常に対照的であるといえます。  皇帝という存在の、いつでも誰か別の者に取ってかわられるという危険性、恐怖感が、こうした外観をつくることになったわけです。    その巨大さが権力の大きさを示しているのですが、故宮はほとんど左右対称に建造物が並んでいます。その巨大な門は、天安門という名で、これは世界によく知られていますが、皇帝の権力を誇示するシンボルでした。皇帝の権力の誇示ということが、故宮の特徴といってもいいでしょう。  東西約64メートル、南北約37メートル、高さ35メートルの太和殿という中央の建物が、中国最大の木造建築です。その中央には玉座が据えられ、ここで皇帝の即位や結婚、誕生祝い、出陣の儀式など、国家的な儀式が執り行われてきました。権力と権威を、宮殿の大きさとその醸す雰囲気で、ともに誇示してきたといえます。人民を威圧してきたのです。  私たちは故宮を見て、その大きさに感心するわけですが、そこにある、ある種の非人間性を見逃してはならないのです。  日本では、天皇は権威をお持ちですが、権力は必ずしもお持ちではないわけで、中国の皇帝のあり方とは、全く異なります。権威は尊敬を基にするものですから、人々に心から支持されることが前提になります。ですから、日本の天皇の場合、天皇と一般の人々が、互いを警戒し合ってはいません。天皇と国民が融和しているのです。そのことを、御所ははっきり示しています。    故宮博物院は、もとは清朝の宮廷でしたが、皇帝の溥儀が廃帝となった後、博物館になったのです。そこには清朝宮廷の117万点に及ぶ収蔵品がありましたが、第二次大戦中、戦乱から守るために、四川と南京と台湾にそれぞれ移送されました。  現在、北京の故宮博物院には百万点ほどのコレクションが収蔵されているといわれます。しかし、宋代の絵画など一番芸術的価値の高いものは、台湾の国立故宮博物院に収められているものです。それは蔣介石が持っていったものです。  その後、北京政府がそうしたものを台湾から取り戻そうとはしていないということからは、中国政府、共産党政権が、そうした文化的価値を捨象している、あるいはそうした価値がわからなくなっているという状況があるような気がします。それが共産党政権の限界でもあるだろうと思う一方、そうした考え方こそが、中国の伝統そのものなのかもしれないとも思われます。    いずれにしても、この故宮博物院に行くと、その壮大さはわかりますが、内容がないという印象はぬぐえません。フランスのパリにはルーブル美術館があり、イギリスのロンドンには大英博物館があるように、世界の主だった大都市には美術館や博物館があり、その文化の粋が、集められているわけですが、コレクションの豊かさ、コレクションの中の芸術性という問題を考えると、故宮博物院はそれが不足していると感じられます。残念なことではありますが、それも中国の文化を表しているということです。 (出典/田中英道著『世界文化遺産から読み解く世界史』育鵬社) 【田中英道(たなか・ひでみち)】 東北大学名誉教授。日本国史学会代表。 著書に『日本の歴史 本当は何がすごいのか』『[増補]日本の文化 本当は何がすごいのか』『[増補]世界史の中の日本 本当は何がすごいのか』『日本史5つの法則』『日本の戦争 何が真実なのか』『聖徳太子 本当は何がすごいのか』『日本文化のすごさがわかる日本の美仏50選』『葛飾北斎 本当は何がすごいのか』『日本国史』『日本が世界で輝く時代』(いずれも育鵬社)ほか多数。
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