「左翼老人」の源流3

暴力を肯定

 戦後の共産党は、日本での共産主義革命の実現に向けての活動を開始する。その際、国会に議員を送り込む「民主的な活動」だけでなく、「暴力革命」も辞さないという姿勢も同時に保持していくことになる。  例えば、昭和26年には「日本の民主的変革が平和的手段によって達成できると考えるのは間違い」という考えのもと「武装の準備と行動を開始しなければならない」とする「軍事方針」を第5回の全国協議会で決定した(51年綱領)。  この方針のもと、共産党は全国で騒乱事件や警察への襲撃など暴力的な破壊行動をおこしていく。しかし、武装闘争は当然、国民の支持を得ることはなかった。  次第に党に対する支持者も離れていくようになるなか、昭和33年になって、ようやく51年綱領は廃止されることになる。

民主化路線

 民主的な体制変換へと路線転換をした共産党は、党員の拡大と国、および地方自治体における議会での議席獲得に活動を集中させる。  草の根の全国的組織が維持され、熱心な党員と一定の支持者を抱えている共産党は、国政選挙においては、長年全選挙区に候補者の擁立を行っていた(2004年に方針転換するが)。  しかし、現行の選挙制度である小選挙区比例代表制のもとでは、比例区は別として、小選挙区においては議席獲得が厳しい状況が続いている(ちなみに2017年の衆議院選挙では1人当選している)。  共産党の国会議員は現在26人おり、地方議員も約2800人を擁している。国であれ地方であれ、共産党が一定の政治的影響力を持っているといっていい。  共産党の近年の党員数は30万人程度(昭和50年代の最盛期には40万人ほどと推定)。機関紙「赤旗」の収入が党を支えているといわれ、日刊と日曜版があるが、日曜版は約100万部を発行(最盛期は日刊と日曜版合せて350万部とも推定)。

ソフト化を推進

 近年はソフト路線を推進し、共産党は野党連立政権入りの意欲までも見せるようになった。  例えば、今年の4月に行われた大阪12区の衆議院補欠選挙では、野党共闘を推進したい小沢一郎自由党代表と共産党の志位委員長との間で統一候補擁立に向けた合意がなされた。  そして、共産党現職の宮本岳志衆議院議員(比例近畿)が小沢氏による熱心な誘いを受け入れて議員を辞職し、野党統一候補として無所属で立候補した(立憲民主党と国民民主党は推薦を見送り)。  しかしながら、選挙結果は、宮本氏が4人いた候補者のなかで最下位。日本維新の会の藤田文武氏が当選するなか、宮本氏の投票数は藤田氏の4分の1にも満たなかった。  得票率では9%も届かず、供託金も没収という大惨敗だったが、志位委員長は「市民と野党の共闘の今後の発展にとって、大きな財産をつくったと確信する」という談話を発表した。 参考:『左翼老人』森口朗著(扶桑社新書)





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