世界文化遺産から読み解く世界史【第76回:本当は世界文化遺産に最もふさわしい伊勢神宮】

伊勢神宮・内宮の宇治橋

伊勢神宮・内宮の宇治橋

伊勢神宮が世界文化遺産にならない理由

 興味深いことに、伊勢神宮は世界文化遺産にはなっていません。なる気配もないのがおもしろい点です。  しかし、この伊勢神宮ほど世界文化遺産にふさわしいものはないでしょう。多くの日本人は、これが日本の信仰の特殊なものであり、それをわざわざ世界文化遺産にしなくとも十分だ、と思っているかもしれません。しかし誰であれ、この神宮をひとたび歩いたならば、その伝統の古さ、深さ、そして一帯の静けさは、どう見ても、世界文化遺産の中でも一級品の価値がある、と感じることでしょう。トインビーもマルローも、この神宮に来て、その荘厳さに心を打たれ、ここに宗教の根源があると感じているのです。  しかし、伊勢神宮が世界文化遺産にならない理由は、おそらくこういうことでしょう。  伊勢では、20年ごとに遷宮が行われています。それは建物を建て替えることを意味します。20年ごとに更新されており、それは新しいものです。新しく建て替えたものは現代のもので、文化遺産でも何でもないというわけです。法隆寺のように1400年前の建物がそのまま残っているのなら文化遺産になるが、こうした新しい建築は文化遺産にならないと見なしているのです。  しかし、それでは釈然としません。神殿は1300年前と同じ形であり、その遷宮が1300年も続いていること自体、文化遺産になるのではないか、と。  そのとおりです。もし、そのように申請したら、すぐにでも世界文化遺産になることでしょう。  しかし日本人は、おそらく申請しないでしょう。たしかに世界文化遺産になることで、世界中から人々がやってくるにせよ、それは観光地としてであって、信仰の土地としてではないからです。  京都や奈良は世界文化遺産になっているお寺は多いのですが、神社は意外に少ないのです。京都の17の文化遺産の内、3神社しかありません。奈良の10の遺産のうち、春日大社しか神社は見当たりません。新しく富士山が世界文化遺産となり、浅間神社が新たに加わりましたが、それはあくまで富士山の文化の一つとして加わったにすぎません。  信仰の土地でも、いくらでも世界文化遺産に登録しているのではないか、といわれるかもしれません。サンティアゴ・デ・コンポステーラの大聖堂もそうですし、むろん法王庁のあるヴァティカン宮殿もサン・ピエトロ大聖堂も世界文化遺産です。今日でも巡礼者が引きも切らず訪れています。  一方、イスラム教の聖地、メッカやメディナなどは世界文化遺産にはなっていません。伊勢神宮は、これらと似ているかもしれません。現在も「生きている聖地」は、文化遺産になりにくい面があるのです。しかしそれだけではありません。そこに顕著な創造物がないと、指定されにくいのです。神道とイスラム教には、大きな共通性があります、それは偶像崇拝をしていないということです。  伊勢神宮には、そこに偶像がありません。天照大神の像がありません。すなわち、偶像崇拝禁止の宗教なのです。神像はあっても、それは二次的な偶像で、決して主要な神々は、像としてつくられません。  一方、日本の仏教寺院は、偶像、すなわち仏像が必ずあります。個人宗教だからです。イスラム教は、その偶像が全くありません。私はそこで、イスラム教は、神道と同じ共同宗教であると分析しています。共同宗教には、ユダヤ教もそうですが、偶像はつくられないという性格があります。他方、個人宗教である仏教やキリスト教(新約聖書)では、偶像がつくられるのです。  このように世界文化遺産をめぐっても、いろいろな考察ができるというものです。  このことからも、戦後、神道指令によって、国家から一時期否定されていた神道が、日本ではイスラム教と同じほどの根強さを持っていることがわかるのです。私たちは、そのことをもっと意識しなければなりません。 (出典=田中英道・著『世界文化遺産から読み解く世界史』育鵬社) 田中英道(たなか・ひでみち) 昭和17(1942)年東京生まれ。東京大学文学部仏文科、美術史学科卒。ストラスブール大学に留学しドクトラ(博士号)取得。文学博士。東北大学名誉教授。フランス、イタリア美術史研究の第一人者として活躍する一方、日本美術の世界的価値に着目し、精力的な研究を展開している。また日本独自の文化・歴史の重要性を提唱し、日本国史学会の代表を務める。著書に『日本美術全史』(講談社)、『日本の歴史 本当は何がすごいのか』『日本の文化 本当は何がすごいのか』『世界史の中の日本 本当は何がすごいのか』『世界文化遺産から読み解く世界史』『日本の宗教 本当は何がすごいのか』『日本史5つの法則』『日本の戦争 何が真実なのか』『聖徳太子 本当は何がすごいのか』『日本の美仏50選』『葛飾北斎 本当は何がすごいのか』『日本国史――世界最古の国の新しい物語』『日本が世界で輝く時代』(いずれも育鵬社)などがある。
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