現代日本の川辺文化のイノベーション: 北浜テラス7

北浜テラスを実現させた「治水技術」と「伝統文化」

 大阪府では、河道改修(川の幅それ自体を広げる工事)や水門による高潮の内陸部への浸入対策に加えて、「貯留池」(内陸部に作る、雨水を貯めるため池)や「地下河川」(大雨の時、大量の雨水を高速で排水していくために作る地下の川)等を総合的に活用し、水位が一定以上にならないように、常に河川システム全体を「コントロール」している。  そもそも水の都大阪は、洪水の都でもあった。だからこそ何百年にもわたって、大阪の人々は洪水と闘い続けてきたのであり、そのおかげで、きわめて高い技術レベルの水位管理が可能となっている。これこそ、北浜テラスが実現した重要な技術的背景である。  第二に、何百年も前から日本に存在し続けた川辺利用についての「伝統」もまた、北浜テラス実現において決定的な役割を担っていた。そもそもテラス利用の「社会実験」の地として北浜が選定されたのは、日本三大祭りの一つである「天神祭」で、このエリアの水辺空間が長年活用され続けてきたことに重大な背景がある。  そして大阪の隣街、京都で長年続く鴨川の納涼川床もまた、北浜テラスの実現で重大な役割を担っている。北浜テラスの設置に尽力したNPO、協議会の方々は、京都の鴨川の川床の文化をこの大阪に根付かせたい、という思いを持ちつつ、この活動を行ったという。  そして、テラス設置にあたって各種の調整を図る際には何度も鴨川の川床の関係者の話を聞きに行ったという。  自分自身の文化の土壌の上に、他文化の良質な要素を混入する─世界中のあらゆる地域で繰り返されてきた文化発展の「王道プロセス」が、今まさに、北浜の地で展開しつつあるわけである。

北浜の文化イノベーションを全国の水辺空間で展開するために

 川辺空間は、とかく殺伐としがちな都会にあっては、稀有なオアシス空間である。多くの国々ではこの空間を上手に活用し、豊かな都市を作り上げている。  しかしわが国では、過度に厳格な「河川管理」のために、そんなオアシス空間は活用されず、「死んだ」状況に追いやられてしまっている。  しかしそうなったのは現代になってからであり、かつて日本人は、諸外国と同じように豊かな川辺空間を築き上げてきた。  北浜テラスは、いったん失ってしまったそんな豊かな都会の川辺空間を「取り戻す」ものだった。人々を川から遠ざけていた過剰な法律コンプライアンスという名の「事なかれ主義」の壁を乗り越え、現代文化と川を融合させたところ、滅多に行列しない大阪人たちが喜々として行列を毎日作り続けるほどに魅力的なテラス=川床空間が出来上がった。  そしてこの北浜テラスは今、北浜の街の文化それ自体を根底から変えつつある。この北浜の「文化イノベーション」は、日本中に「伝染」していく力をも持っている。  すでにそれを実現する法制度は、この北浜の経験を通して整備済みだ。そして何より、テラスを実現し、豊かな水辺文化を作り上げた「北浜という事例」が今や、日本中の都市住民に提示できる状況にもある。  後はそれぞれの地の人々が、天神祭を愛する大阪人が京都の鴨川の水辺文化を参考に自らの文化を一つ高度化させたように、北浜に触発されながらそれぞれの地の「文化」の土壌の上に新しい文化を展開させる努力を重ねれば、それぞれの地に固有の新しい水辺文化が花開くに違いない。 藤井聡著『インフラ・イノベーション』(育鵬社刊より) 著者紹介。1968 年奈良県生まれ。京都大学大学院教授(都市社会工学専攻)。第2次安倍内閣で内閣官房参与(防災・減災ニューディール担当)を務めた。専門は公共政策に関わる実践的人文社会科学。著書には『コンプライアンスが日本を潰す』(扶桑社新書)、『強靭化の思想』、『プライマリー・バランス亡国論』(共に育鵬社)、『令和日本・再生計画 前内閣官房参与の救国の提言』(小学館新書)など多数。
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