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なぜ金一族がトップに君臨し続けられるのか? 北朝鮮の支配構造の秘密
2020年10月30日
なぜ金一族がトップに君臨し続けられるのか? 北朝鮮の支配構造の秘密
篠原常一郎
『北朝鮮を正しく理解するためのチュチェ思想入門』連載第6回 <文/篠原常一郎:元日本共産党国会議員秘書>
北朝鮮の社会構造
さて現在、北朝鮮はどのような構造になってるのか。図は、チュチェ思想で位置づけられた北朝鮮の社会構造を簡潔に描いたものです。
YouTube古是三春チャンネル--
チュチェ思想の基礎② 「個人全否定の集団主義」
より
社会的存在は横に広がる平等ではなく、役割分担があります。もっとも多い民衆が主人公なはずですが、この人たちが成功裏に社会の改革や自然の改造をやるには、指導する中核部分とその上に立つ英明な領導者が必要で、彼らが民衆を統制しないと上手くいかないんだと言っています。つまりは単なるピラミッド構造なのです。 社会主義であろうと資本主義であろうと、社会というのは圧倒的多数の民衆の上に国家機関が立っています。しかし、いわゆる民主主義または自由主義が本当に貫徹された社会とは、民衆の中から代表が選ばれます。ある程度固定化して、官僚という存在が生まれてきますが、官僚を統制するために民衆の代表としての政治家を選出して、その中から総理大臣や大統領などを立てます。民主主義社会はこのように成り立っています。 ところが、北朝鮮、チュチェ思想の社会は違います。領導者は血統が大事なんです。例えば、金一族については18世紀ぐらいから朝鮮の独立と民族の独立のために戦ってきたという血統があるという系譜をつくり、その一族が世襲していくという構造となっています。だから、党の指導者がどんなに偉くなったとしても最高指導部の領導者にはなれません。領導者と、中核部分および民衆が断絶している。ここが他の社会主義国と違うところです。 他の社会主義国では、民衆を導く共産党に当たる部分で、党内で権力抗争が必ず起こります。私も見てきましたが、日本共産党でも起こりました。例えば、今の最高指導者の不破哲三氏は前の最高指導者の宮本顕治に虐げられていました。だけど、下剋上して最高指導者になりました。そして、今は党委員長の志位和夫氏がいじめられています。 ところが、北朝鮮の場合はこういったことは起こり得ません。党および国家とその領導者の間が断絶しているからです。ただし、領導者の中では権力抗争は起こり得ます。金一族であっても開明的になりすぎると正男氏のように殺されてしまいます。 まして領導者と民衆は天地の差です。神と民草の関係です。これをチュチェ思想では、「社会的政治的生命体」と称しています。社会であり、しかも政治的にもっとも上手く機能しているのが北朝鮮だという前提です。根拠としては簡単です。アメリカ帝国主義に一歩も引かずに国の独立を保って、経済的な発展も遂げているというわけです。後者の経済的発展の言い分はインチキですが。
領導芸術とは
チュチェ思想では、自主的に生きるということは、自主的に金家の教えに忠実に従うように生きていくこととされています。 そのように人民を誘導することを「領導芸術」と呼びます。そして、その教えを貫徹する手段もきちんと作られています。何かあったら、ともかく朝鮮の公民、国民は、すべからく一人残らず社会組織に所属しなければなりません。 社会組織といっても会社や企業などではありません。自分が生活の糧を得たり社会に貢献するためのボランティア組織とチュチェ思想を学ぶ「自主的」な勉強組織のことです。そういった組織を作って、勤務が終わってから何時間も勉強するんです。仕事から帰ってきても社会活動。みんなのボランティア労働といって、ボランティアが強制されます。職場から18時に帰ってきたら、18時から22時までそのための無償労働、社会的活動をやる。そして翌日は朝6時に起きて7時までに出勤しなければならない。私的な時間があまりなく、日曜日も出るわけです。あの国は、生活の隅々までチュチェ思想で支配されているのです。 もっと言うと、人民から考える暇を奪ったということです。要するに、反抗させないようにするためです。余計なことを考えて抵抗運動を起こさないように、常に活動、活動なのです。その一つの結節点が、あのパレードやマスゲームです。マスゲームこそチュチェ思想を形にした代表的な領導芸術です。
チュチェ思想は他宗教に寛容?
北朝鮮は完全に思想的な統制が取れており唯一思想体系ですが、それでいながらも、実はキリスト教の教会があります。そこにいる人は、キリスト教を社会活動として信じているフリをするのが、チュチェ思想に基づく活動なのです。 そこには国が配置した牧師がいて、儀式もやって、信者もいる。古くからキリスト教徒がいて、その系統の家族をちゃんと任務として配置するそうです。それでいざという時に、例えば国連の査察団みたいなのが来たら、「いや、この国はキリスト教会があるんですよ。一応、宗教の自由があります」と言う。用意周到です。 指導者たちは宗教に寛容で、宗教に入り込める、宗教者とは一緒に歩けるんだという教えをして「ほら見てご覧、北朝鮮にもキリスト教会はあるし、仏教寺院もあるし」とやるのです。実に面白い。 ちなみに、実は金日成はクリスチャン出身です。日曜学校に通っていたという話を書いていました。お母さんが敬虔なキリスト信者だったからです。
共産主義のために命を捧げる
領導者がいて、指導する中核部分があって、民衆がある。この3つから構成される社会政治的生命体は、自分が死んでもこの共同体は死なない。永遠に継がれていく。だから、個々の人々はいくらでも死んでいいという考えになります。 この関係はそのまま共産党にも当てはめられます。実は日本共産党でも、一時期、それに近い考えを党員たちに持たせようとしたことがありました。1960年代のベトナム戦争の時、小説や革命小説の学習を通じて行われました。 その元祖となる小説が、ソ連で書かれた『鋼鉄はいかに鍛えられたか』(金子幸彦訳、岩波文庫、1955年)です。著者は、ニコライ・アレクセーエヴィチ・オストロフスキーという赤軍の兵士だった人です。その人は党の末端活動家で、ロシア革命に続く国内戦争の戦傷の影響で失明してしまいます。そこで、ボール紙で枠を作って、その中にペンで書き残しました。日本では、岩波文庫や新日本出版社から出版されています。スターリン時代の小説ですが聖典になって、今でも好んで読んでいる人がいるみたいです。僕も好きな本で、その中に戦友の墓参りをした時に、人生って何だろうと考える中で、覚醒してから自分の命は、「その命のすべてを人民と革命のために捧げられたと言えるような生涯」を送り、「死に際して後悔がないようにするというのが、人間としてもっとも美しい生き方」であるといいます。要するに、政治的生命が一番だということを言っているわけです。 他に先輩党員が勉強した本の中に、中国の内戦を描いた『紅岩』(羅広斌【らこうひん】・楊益言【ようえきげん】著、三好一訳、新日本出版社、1963年)、それからベトナムのサイゴンの「虎の檻」(コンソン島のコンダオ刑務所)の中で戦った共産主義者を描く『不屈』(グエン・ドック・トアン著、川本邦衛訳、新日本出版社、1976年)という小説があり、これらを読めと言われました。『紅岩』は、日本では新日本出版社から出版されています。ぜひ読んでいただきたい。私は日本共産党時代に、精神修行で読まされました。著者の楊益言は、文化大革命で粛清されています。 東ドイツの小説にも『裸で狼の群のなかに』(ブルーノー・アーピッツ著、井上正蔵訳、新日本出版社、1988年)という、ナチスのブーヘンヴァルト強制収容所の囚人の抵抗組織の話も同じようなテーマです。 これらの小説に描かれている思想は、まさに政治的生命についてなのです。何かあったら、人間にとって一番大事なのは、肉体的生命より政治的生命。肉体的生命を守るために政治的生命を失ってはならない。だからどんな拷問にも耐えるし、何があっても全体の利益を守り、身は犠牲にするんだという考え方。これは「領導芸術」そのものです。
非常に狂信的な共産主義の兵隊
政治的生命を大事にする文化はベトナム戦争でも見られました。ベトナム戦争は美化されていますが、普通の市民のフリをして市民も巻き込んで自爆するようなとんでもない自爆テロをやっていました。自爆テロのルーツは、ベトナム戦争ではないかと最近思うようになりました。戦術としても、これはアメリカの映画『プラトーン』でも描かれていますが、爆薬を背負って飛び込んでくる兵隊が何人もいたのです。 ゴルバチョフがペレストロイカでグラスノスチ(情報公開)をやった時に、いかにひどいことが行われたかが明るみになりましたが、それと同じように、ベトナムでもベトナム戦争時の情報が出たことがあります。「赤旗」が書いて報道したから僕は覚えているのですが、ベトナム民族解放戦線の北ベトナム軍で、部隊の中でくじ引きで自爆兵を選ぶとか、それに従わなかった奴は殺すとか、陰惨な話がいっぱい出てきました。自爆テロとか自爆行為というのは、まさに政治的生命優先論です。チュチェ思想ではそれがカッチリと体系化されているということです。 それと、朝鮮戦争でも北朝鮮の兵士が戦車に向かって自爆テロをやったりしていました。数が少ないからすぐ終わてしまいましたが、アメリカ軍からすると、かつての日本の兵隊みたいに見えていたことでしょう。 自爆テロに失敗して捕まった捕虜を尋問すると、「政治的生命が大事だ」といった話をしたそうです。「永遠の命が得られるから、天国に行って楽になる」と言ったそうです。すごく宗教じみている。共産主義の兵隊は非常に狂信的でこれが共産主義の一番怖いところです。 共産主義の運動の中には、そういった政治生命を大事にする文化、それで党員を献身的にさせるという文化があります。私は中国共産党の連中ともいろいろ話し合いましたけれども、中国共産党と日本共産党の組織文化も基本的に共通しています。 これを極端にまで推し進めたのがチュチェ思想だと言えるでしょう。 【篠原常一郎(しのはらじょういちろう)】 元日本共産党国会議員秘書。1960年東京都生まれ。立教大学文学部教育学科卒業。公立小学校の非常勤教員を経て、日本共産党専従に。筆坂秀世参議院議員の公設秘書を務めた他、民主党政権期は同党衆議院議員の政策秘書を務めた。軍事、安全保障問題やチュチェ思想に関する執筆・講演活動を行っている。著書に
『なぜ彼らは北朝鮮の「チュチェ思想」に従うのか』
(岩田温氏との共著、育鵬社)、
『日本共産党 噂の真相』
(育鵬社)など。YouTubeで「古是三春(ふるぜみつはる)チャンネル」開局中。
篠原常一郎
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