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冬季五輪を湧かせた名選手の今――舌打ち会見の國母和宏(ハーフパイプ)、六本木事変の里谷多英(モーグル)は…



國母和宏(ハーフパイプ)



 トリノオリンピック(予選敗退)とバンクーバーオリンピック(8位)でハーフパイプ日本代表選手として出場した國母和宏。バンクーバーでの「反省してまーす!チッ」会見でおなじみの腰パン姿の大バッシングが印象深いが、直後の全米オープンではバンクーバーメダリストら強豪が出場する中、日本人として初制覇。2011年の全米オープンと連覇を果たした。2014年のソチオリンピックでは技術コーチとして後進選手のメダル獲得にも貢献した。

 映像作品が大会成績を凌ぐ評価や収益源となるスノーボード界で、自身の映像作品が最も権威のある賞を受賞するなど、世界的スター選手として一年の大半を国外で過ごすなど多忙な日々を過ごしているようだ。アディダスなどがスポンサーで契約金は年収にして3千万円とも言われる。

 2009年に3歳年上の一般人女性と結婚。5万4600人のフォロワーを持つInstagramアカウントでは、スノボ関連の動画像のほか北海道の家族との投稿も見受けられる。

原田雅彦(団体ラージヒルなど)


 1994年のリレハンメルオリンピックで団体ラージヒル2位、1998年、長野オリンピックでは個人ノーマルヒル5位、個人ラージヒル3位、団体ラージヒル優勝などの成績を残し、長年日本ジャンプ界を支えた「ミスタージャンプ」原田雅彦。

 いち早くV字を取り入れ、ラージヒルで4位入賞した1992年のアルベールオリンピックから、5度目の代表となったトリノオリンピックでは体重が規定に200g足りず失格。帰国後に引退を決断し、37歳で選手生活に幕を閉じた。

 所属していた雪印乳業にサラリーマンとして残り、雪印メグミルクスキー部コーチの傍ら、スキージャンプ解説者としても活躍。2014年春からは同部の斉藤浩哉前監督の退任を受けて監督に就任する。また2015年10月から2年間は全日本スキー連盟の総務担当理事に、昨年10月からは同団体の常務理事に就いている。

清水宏保(スピードスケート)



 清水宏保は1994年リレハンメルオリンピックから2006年トリノオリンピックまで4度の冬季オリンピックに出場し、長野では500mで日本のスピードスケート選手として初の金メダル、1000mでも銅メダルを獲得。ソルトレイクシティの500mでもトップと0.03秒差の銀メダルを獲得した。2009年の代表選考会でバンクーバーオリンピック代表を逃し、2010年に引退。ワールドカップ通算優勝回数34回を誇る。

 引退後、日本大学大学院、弘前大学大学院進学を経て、現在は札幌でスポーツジム、訪問看護ステーションなどの経営する実業家としての一面を持つほか、スケート界の後進育成にも取り組む。昨年7月にはカーレースデビューを果たし6位入賞。2011年に高垣麗子とスピード離婚していたが、昨年元日に一般女性と再婚、先月30日に自身のブログで第一子長女の誕生を報告した。<文/日刊SPA!取材班>

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