――2023年でTRFは30周年を迎えますが、ここまで長く続いている秘訣は何でしょうか。
DJ KOO:それぞれが自分のポジションを、しっかりやり続けたことだと思います。小室哲哉さんのプロデュースからセルフプロデュースになった時期があるんですけど、その時にメンバーと話したのが「TRFらしく、TRFらしい曲を、TRFらしいステージを」ということ。でも、「らしい」って何だろうねと考えたんです。90年代は90年代のTRFがあるし、2000年代は2000年代のTRFがあるし、これから作っていくTRFもあるし、どれがTRFらしいのかと悩んだんです。でも、そこで1回活動休止して、それぞれ考えてみようよという話になって、それぞれが自分の領域で活動することになりました。
――1990年代後半から2000年代前半にかけては、ソロ活動が活発化しますよね。
DJ KOO:その時期は僕もDJとして、いろいろな現場に立ちました。それぞれの活動に邁進したことで、また5人が集まった時に、歌、ダンス、DJの三位一体と言いますか、3つのアイテムが集まることで最強になっていくことが改めて分かってきたんです。一時期は「a-nation」などの夏フェスに出る時、いつも「EZ DO DANCE」や「survival dAnce」をやっているから、聴く側も飽きちゃっているんじゃないかって意見もあったんです。でも活動休止期間を経てからは、いつも新鮮な気持ちでできるようになりました。この5人でしかできないことですし、これからは過去の曲も大事にしていけるとメンバー全員が実感しました。
メンバーは家族や友達ではなく……
――メンバーとはどういう関係性なんですか?
DJ KOO:親戚みたいな感じですね。
――家族や友達ではなく親戚ですか。
DJ KOO:家族や友達だと、一緒にご飯に行ったりすると思うんですけど、そうじゃなく。血は繋がっているんだけど、頻繁に会うこともなく、何かの行事があると集まるみたいな、ちょうとよい距離感なんです。
――ちなみに家族である娘さんはTRFの音楽にどんな印象を抱いてるんですか?
DJ KOO:脳動脈瘤の手術のあと、最初は音楽を聴くような気分でもなかったんですけど、徐々に聴くようにしていきました。手術から1週間ぐらい、娘も付き添いで北海道に残ってくれたんですけど、「普段聴いているセットリストでいいから軽く音楽を流してよ」とお願いしたんです。そしたら流してくれたのが、娘が自分で作ったTRFの自作セットリストでした。娘にとって90年代のTRFはリアルタイムじゃないので、当時のヒット曲とかじゃなくて、アルバムに入っている曲を中心にした今の視点による選曲だったんです。こういう風にTRFの曲を聴いているとは知らなかったのでうれしかったですね。