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“野村克也の愛弟子”が目の当たりにした原監督の“采配の妙”「あえて投手に代打を出さず…」

選手たちは「監督の求める野球をやるだけ」と語っていた

実際にこの作戦が成功したこともあった。一例を挙げると、二軍チーフコーチとして在籍していた2019年8月24日の東京ドームでの巨人対横浜DeNA戦でのこと。試合は6対6のまま延長11回裏の巨人の攻撃を迎えた。先頭の重信慎之介がライト前ヒットで出塁すると、次の打者となる田口麗斗(現・ヤクルト)に代打を送らず、そのまま打席に立たせた。 普通、この場面で投手の田口を迎えたならば、相手の首脳陣は、「バント」だと判断するはずだ。だが、マウンドのエドウィン・エスコバー(現・シカゴ・カブス傘下)が初球を投げるとバットを引いてボール。そして次の1球を田口に投じると、重信は二塁へスタート、キャッチャーの嶺井博希(現・ソフトバンク)から二塁への送球はショート側に大きく逸れて、盗塁を決めた。 するとこの直後、原監督は主審に代打を告げて、田口から石川慎吾(現・千葉ロッテ)へとスイッチ。カウント3ボール2ストライクからエスコバーが投げたストレートをとらえ、右中間にプロ入り初となるサヨナラ本塁打を放った。 この場面、重信が一塁に出たとき、2つのセオリーがあった。一つは、「田口を打席に立たせるのならば、送りバントのサインが出るだろうという読みがあること」、もう一つは、「田口を迎えた時点で代打を送ること」だ。どちらも正攻法としてはアリだと考えるのが普通だ。 けれども原監督は違った。田口に送りバントをさせずに、また石川をすぐに代打に送らなかった。あくまでも「重信の盗塁が最優先されるべき作戦」であり、それが決まれば次の手を打つ、という方法に出たのだ。もし石川が凡退したとしても、次に控えていたのは、2番の坂本勇人、3番の丸佳浩、4番の岡本和真だった。つまり、いちばん信頼できるクリーンアップにつながるからこそ、「まずは盗塁で一塁走者を二塁へ進めてしまおう」と考えたわけだ。 こうした原監督の作戦に賛同できる、できないというのは、つまるところ野球観の違いということになってくる。だからこそ選手たちも、「僕らは監督の求めるレベルの野球をしていくだけですから」とよく言っていたものだが、彼らと同じく私自身も、日頃から原野球を理解するのに余念がなかった。 <TEXT/橋上秀樹>
1965年、千葉県船橋市出身。安田学園高から83年ドラフト3位でヤクルトに捕手として入団。その後、97年に日本ハム、2000年に阪神に移籍、この年限りで引退。 05年に新設された東北楽天の二軍外野守備・走塁コーチに就任し、シーズン途中で一軍外野守備コーチに昇格。07年から3年間、野村克也監督の下でヘッドコーチを務めた。11年にはBCリーグ新潟の監督に就任。チーム初となるチャンピオンシップに導き、この年限りで退団。12年から巨人の一軍戦略コーチに就任し、巨人の3連覇に貢献。また、13年3月に開催された第3回WBCでは戦略コーチを務めた。巨人退団後は、楽天と西武での一軍コーチを経て、19年にヤクルトの二軍野手総合コーチを務め、21年から24年まで新潟アルビレックスBCの監督を務めた。

だから、野球は難しいだから、野球は難しい

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