物語の背後に「リアル」が透ける冒頭2話がまずおもしろい
かつて北斎麦酒醸造所があったフロアには現在、びっくりドンキー系列の「Dishers」が営業している(錦糸町と新宿、江の島の3店舗のみ!)
ドラマの大枠としては、錦糸町に生まれ育った主人公3人(賀来賢人、柄本時生、落合モトキ)が自分たちで営む清掃会社「整理整頓」を中心に、依頼先の会社で起きた事件や行きつけの飲食店での人間模様が群像劇として描かれます。
それに並行して“裏の主人公”の岡田将生演じるルポライター・坂田蒼(こちらも錦糸町生まれ)が、地元で起こったほの暗い事件を映像に残し、それをQRコードにして街中に貼り付けるという特殊な方法で「暴いて」いきます。この坂田が暴く事件が、錦糸町で実際に起こった事件を連想させるように、重ね合わせるように組み立てられているのが見どころのひとつとなっています。
たとえば、第1話から第2話にかけては、主人公たちとは対照的におしゃれな街・青山に生まれ育った3人が起業し、錦糸町にオフィスを構え音楽アプリを制作・運営していたスタートアップ企業が、補助金を不正受給していたことが発覚し、解散するまでの様子が描かれます。この事件を明るみにしたのが坂田で、退去するオフィスの清掃業務を請け負ったのが「整理整頓」です。
このエピソードには、モデルにしたと思われる実際の事件と、確実にモデルにしている実在の人物、2つの錦糸町的要素が関わっています。
まず事件のほうですが、「補助金の不正受給」と聞いて地元民としてすぐにピンと来たのが、2022年の「北斎麦酒」の事件です。ここ数年、地元の魅力を活かしたクラフトビールが日本全国で登場していますが、墨田区でも、浮世絵で有名な葛飾北斎の名を冠したクラフトビールが2020年に誕生し、前述した楽天地ビルに醸造所ができたことが話題になりました。ビール好きな私にとってはうれしい出来事でした。
ただ、2020年といえばまさに、コロナ禍の最初の年で飲食業界が大打撃を受けました。この年に醸造を開始した北斎麦酒もそうとう経営が厳しかったと思います。そして2022年に、コロナ禍に関わる助成金や協力金を北斎麦酒工房株式会社が不正受給していたことが報じられました。今年2024年1月には破産手続きが開始されたこともメディアで取り上げられています。
ガラス張りで大通りからよく見えたピカピカな醸造所はまさに錦糸町の「新しい風」という雰囲気だったので、私にとってもこの事件はショッキングでした。ただ、ドラマでも描かれているように、メンバーにどれだけスキルや情熱があっても、社会的な状況などでうまくいかないことは往々にしてあると思います(もちろん、どのような理由でも不正受給が肯定されることはありません)。
この事件に関しては、錦糸町の住民にとってはあまり言及されたくないことかもしれません。劇中でも、明確にそうとわかる形で描かれているわけではありません。しかし、このドラマ全体が、「綺麗事」だけではない人間や街の両面性を慎重に、丁寧に描いているので、そうとうに取材や調査をしたうえで制作しているのだろうと、長く錦糸町に住む私には感じられました。賀来賢人演じる主人公の大助自身も、後ろめたいと感じている「ある過去」を抱え続けながら、同時に「掃除屋」という過去を清算するような職を営んでいることが、この両面性を象徴しているように感じられます。
「すみジャズ」の中心地となる錦糸公園は「錦パラ」でもしばしば登場する。すぐ北にはショッピングモール「オリナス」と超高層ビル「オリナスタワー」がある
次の「実在の人物」というのは、問題となった音楽アプリ制作会社の社長、浅香航大演じる「能光順」(たくみ・こうじゅん)です。この会社の事業は最終的に別会社に譲渡されるのですが、社長の能は会社の事業とは別に、引き受け手のいなかった「錦糸町フェス」という音楽イベントの運営を有志で引き受けることになります。もともと会社も、音楽に対する熱い思いから設立したものでした。
錦糸町で音楽フェスといえば、毎年10月に開催される「すみだストリートジャズフェスティバル」というイベントがあります。2010年に始まって年々規模を拡大し、いまでは錦糸町を代表するイベントのひとつとなっています。
この「すみジャズ」を立ち上げたのがまさに、「たくみ・こうじゅん」さんです。漢字はドラマとは微妙に異なり「能厚準」ですが、めずらしいお名前で読み方がまったく同じということで、さすがにご本人に取材をしているようです。
ただし、実在の能さんはもちろん、企業の不正に関わったことは一切ありません。あくまで「錦糸町の音楽フェスの立ち上げ」という部分だけがモデルになっています。また、じつは私も、行き着けの焼き鳥屋で能さんと一度だけお話ししたことがありますが、ドラマの「能」のように気取ったところのまったくない、良い意味で“錦糸町らしい”気さくな方でした。
つまり第1~2話は、錦糸町のリアルな事象を表と裏、または光と影のように組み合わせてできたフィクションだったのです。このような両面的な構成に、MOROHAによる主題歌「燦美歌」が静かに共鳴するのが、またなんとも言えません。
ちなみに、今年の「すみジャズ」は10月19日(土)・20日(日)に開催されることがすでに発表されているので、ドラマを観て興味をもたれた方はぜひチェックしてみてください。全会場無料で、錦糸公園ではたくさんの飲食店が出店するほか、街のあちこちでストリートライブが行われて大賑わいになります。
ギリギリ昭和生まれの下町生まれ下町育ち。酒と温泉と一人旅をこよなく愛す。好きな酒はビールと焼酎とウイスキー。
記事一覧へ