◆必要な時に必要なだけ。「栄養」となる言葉を与える
水野:もうひとつ、黒田監督のマネジメントの手腕は戦略や戦術などの「伝え方の上手さ」にあるといわれています。選手たちに声がけをする際、気を付けていらっしゃることはありますか?
黒田:自分の感覚では普通のことなんですが、さまざまなチームを経験してきた選手から「話がわかりやすい」「一番しっくりくる」と言ってくれているようです。もしかしたらそれは長年、教育者として伝わりやすい授業を探求し、サッカー部監督としてひたすら勝利を追求してきたからかもしれませんね。
気を付けていることといえば、話す「タイミング」と「伝え方」の2点です。特に若い世代は一方的な伝え方に対してアレルギー反応を示すので、絶対に押しつけのような伝え方はしません。
選手たちが納得できるタイミングがいつか、それを見計らうこと。そして、適切なタイミングに「必要な分だけ」伝えるようにしています。
水野:たとえるなら、釣りをする時、魚がお腹を空かせていない時間帯に釣りをしても意味がないというのと同じですね。
黒田:ええ、まさにそうです。魚がお腹を空かせていない、餌を欲しがっていない時に釣り糸を垂らしても、魚は食いつきません。
自己評価としては「長時間釣りをした」という自負はあるし、頑張ったという満足感はあるかもしれません。しかし現実は、魚は食いつきませんし、結果は一匹も釣れていないのです。
それでは意味がありませんよね。むしろ、魚が空腹のタイミングを見定め、その時間や状況に合わせて釣り糸を垂らすこと。そうすれば、短時間でも成果が得られます。
水野:タイミングは見計らえても、「必要な量だけ話す」というのが意外と難しいと感じます。このあたりはどうとらえていらっしゃるのでしょうか。
黒田:難しく感じる必要はないと思います。例えば、テンションが高い時と落ち込んでいる時だったら、「どんな言葉をかけられたいか」は違いますよね。
例えばハーフタイム、リードされてベンチに帰ってきたとき、いきなり厳しい言葉をかけてもその時々の感情もあるし、なかなか理解してもらえません。静かに耳を傾けさせて、冷静になってから、「何がまずかったのか」ソフトに問いかける方が明らかに効果的です。
水野:なるほど。相手の立場だけでなく、テンション、状況、すべてを鑑みて言葉をかけるということですね。
黒田:そうですね。多くの指導者は、思いがあるあまり、つい感情的に「言いたいこと」だけになってしまう傾向があるのではないでしょうか。それでは浸透しにくいと思います。
誰だって、今の自分の心にまったく響かない話を延々とされたら、もうその人からの話は聞き入れたくありませんよね。
繰り返しになりますが、受け入れる側の気持ちや状態を考慮すること。そして選手の感情にあえて触らない時と、強烈に上げるべき時を見極め、慎重にアプローチすることが重要です。
水野:そう考えていくと、伝えたつもりでも相手には響いていないことも、結構あるのかもしれませんね。
◆ロングスロー、ファール、PK……湧き上がる非難の声にも真実は1つ
水野:伺ってきたように素晴らしいチームマネジメントをされて結果を出されているわけですが、突然の快進撃によって注目度が上がったからか、誹謗中傷されることも増えています。例えばロングスロー用のタオル問題などについて、ご自身はどうお考えでしょうか?
黒田:いろんな考え方があって当たり前だと思いますし、従来と違うやり方をすることで反発されることもある程度は仕方のないことだと捉えています。
水野:批判的な意見の一部は、ゼルビアの成績に対するジェラシーがあって過激化している側面もありそうですが。
黒田:ロングスローは私たちだけがやっているわけではありません。当初はネットで強く批判を受けましたが、今では大半のチームがやっています。
やはり試合には勝ちたいし、それが効果的だと感じたからでしょう。もちろん相手が脅威に感じるプレーであることもその一つです。応援しているチームがロングスローを導入してきたせいか、その逆風はだいぶ弱まってきたように感じます。
水野:確かにそうですね。それでもいまだに黒田さんやゼルビアの些細なことを取り上げて批判的な記事を書いているメディアもあります。
黒田:そういった記事は注目を集め、数字を稼ぎたい明確な意図があります。実際とは違う内容が書かれている記事はよく見かけますし、真実とはまったく違うことがほとんどですから。まったく迷惑な話です。
メディアは話題性を求めて、必ずしも真実でなくても興味を引くタイトルを付け、平気で内容を捻じ曲げて書きます。真実かどうかはあまり重要ではないメディアも存在します。
問題は、読者がそれを真実のように受け取ってしまうことにもあると感じています。「情報リテラシー」の有無はネット社会の大きな問題でもありますよね。